こんにちは。
戦略思想研究所 中森です。
現在、地球文化研究所が1950年に著した『日本經營計画』の研究を進めているところです。
『日本經營計画』巻頭言はこちらのとおり。
以下、目次のみ共有します。
序
Ⅰ 講和問題と日本の態度
1.講和問題に対する日本の態度
2.日本の國連的定位
Ⅱ 政治・外交・國防
1.國連協力の本質的方向
2.單独國家性より國家連合性へ
3.國土防衛の方向
Ⅲ 経済・生産・建設
1.自利経済より繁栄福祉経済へ
2.日本國土建設計画の現状
3.國土建設の根本問題
4.國土建設の方向
5.國土建設財閥の設立
Ⅳ 労働・社会
1.日本労働問題の現状
2.労働問題における人間的自覚
Ⅴ 教育・文化
1.文化國家形成の基本的方向
2.國宝・文化財の保全
Ⅵ 歴 史
1.二十世紀地球人間史
2.太平洋文明への歴史的動向
Ⅶ 人 間
1.現代における人間の問題
2.総合的人間の研究
3.共産主義の人間的克服
Ⅷ 宗 教
1.宗教的平和運動について
2.宇宙的霊性
3.聖徳太子の現代的意義
4.神道文化の本質
Ⅸ 科 学
1.二十世紀における人間科学の実験
2.科学建設の根本方向
Ⅹ 思 想
1.共産主義の理論と現実
2.アジア的超越の立場
世界平和提案
以上です。
『日本經營計画』の結論にあたる”世界平和提案”は、仲小路彰の”問い”から始まります。その”問い”は次のとおりです。
戦争と平和は、人類の最大の運命を決定すべき問題として眼前に迫りつつある。
しかし、戦争をいかに防止するかを、真につきとめるならば、現在の平和運動はこれに対して、充分な解決を與えるものとはいい得ないのではあるまいか?
戦争は人類における不正義と最大の罪悪の象徴であり、明らかに人類の罪深き行為である。しかし、人類史にあって平和に対立した戦争が常に罪悪であったか否かは、地球人類史の発展についての全面的研究の結果断定せられるべきものであろう。或る意味では戦争の歴史であった人類史にあって、平和の問題は、戦争そのものの総合的研究の後に、真にその結論を示されるのではなかろうか?
そして、人類がこの悲劇的手段を行使するのに、單に利己的動機にのみもとづいたとは到底考えられないのであり、過去における戦争のすべてが、罪悪であるかは、一つの疑問と云わなければならない。
むしろ、戦争は、その行われた歴史的段階によって、その実体を見定めるとき、はじめて世界史そのものに対するその真の本質が明確にされ得るであろう。
いつの時代もそうですが、左翼イデオロギーに洗脳されている一般的な平和主義者は”戦争を知らなすぎる”がゆえに戦争を防ぐ解決策を持ち得ないもの。
一方、”平和を知らなすぎる”のは全人類共通の課題。
ゆえに、仲小路彰の”問い”から始めなければ、平和を論ずることなんてできないことは明白。
その”回答”は、別の機会に共有できればと思いますが、”戦争の本質”、その結論については、20世紀初頭、既にある人物が看破していたのではないかと思うのです。
その人物とは、ホーマー・リー(1876〜1912)。
渋沢雅英著『太平洋にかける橋』によれば、1909年、33歳にして、来るべき日米戦争を予想して太平洋全域における両軍の戦力を比較検討し、米軍の敗戦を予言した『Valor of Ignorance(無知の勇気)』を著した人物です。
同書は米国でベストセラーとなり、1911年には望月小太郎によって日本語訳され、『日米必戦論(原名 無知の勇気)』は日本国内でも四万部が売れたとのこと。
リーは米軍将校との机上演習で日本の攻撃軍を指揮し、米国太平洋岸のすべての都市を難なく占領することができたとされます。
不安に駆られれば充分な準備を行い、自信を持てば驕り昂ぶり増長するというもの。
『Valor of Ignorance(無知の勇気)』を著したこと自体が、リーの対日必勝戦術であったのでしょう。
同書を著す前に、リーは孫文の人格に惚れ込み、軍事顧問となることを志願したとされ、義勇軍に入り、米国内で辛亥革命に備えていたとのこと。
1911年10月10日、辛亥革命。
孫文は中華民国初代大統領となり、リーはその軍事顧問に任命されますが、1912年、病弱のため36歳の若さでこの世を去ることになります。
リーの未来予測は恐ろしいほど正確であったため、レーニンは、リーの本を読んで驚嘆し、「この男は世界政治の力関係を現代のどの政治家よりも正確につかんでいる」と述べたとされます。
ヒトラーもリーの著作を読んで関心しハウスホーファーもリーから幾多のインスピレーションを得ていたとされます。
さて、リーが看破していた”戦争の本質”とは何か?
『太平洋にかける橋』から引用します。
『日米必戦論』(Valor of Ignorance)の中にリーが栄一の友人金子堅太郎の論文を引用するくだりがある。金子はハーバードでルーズベルトと同級であり、日露戦争中に滞在してルーズベルトとの連絡に当たり、講和会議のときも小村全権と大統領の間の仲介役として重要な役割をつとめた人物である。一九〇七年三月、金子は『ノースアメリカン・レビュー』に日米の平和友好について論文を発表した。そのなかで金子は、両国が戦争に巻き込まれることはありえないと言明している。
その証拠は経済的相互依存の関係である。米国は日本の絹やお茶を必要とし、日本はアメリカの小麦、綿花、石油などがなければ生きていくことができない。両国の経済関係にはとくに競合するものは何もない。今後両国ともアジア大陸に向かって市場を開拓してゆくことになるが、競争ではなく共同してやっていくことが両国の利益であることは、だれが見ても明らかである。したがって現在または近い将来に両国が戦争をしなければならない理由をみいだすことはまったくできない、というのが金子の結論である。
現在でも、これと同じ議論をよく耳にすることがある。日本とアメリカの間に緊張の原因がない。経済的にきわめて緊密である・・・・・・。つい先日も、ある財界の指導者がそういわれるのを私は聞いた。しかし、果たしてそうだろうか?
ホーマー・リーは、あっさりそうした考えを否定する。貿易がどんなにうまくいっていても、経済協力関係がどんなに必要でも、国というものは戦争をしたくなれば必ずするものである。民族の欲望や力の論理というものは経済よりもっと強いものである。日本が極東である種の「力」を得てしまった以上、もうその勢いを止めることはできない。好むと好まざるとに関わらず、日本はその力に引っぱられて栄光か破滅か、運命のみちびくままに動いていくほかはない。それを妨げることのできるものがあるとすれば、それは他の国の「力」でしかない。
同書は1970年の著作ですが、2026年になっても、国際政治の論評は”金子の結論”で話されがちです。
そうなると、金子論文が悪い手本みたいになってしまいますが、金子は当時の外交的立場と政治的意図をもって『ノースアメリカン・レビュー』を著したのであり、リーはそれを引き合いに出しただけに過ぎないのでしょう。
それはともかく、”戦争の本質”とは、国際政治に介在する”力”であり、その”力”とはバランス・オブ・パワーなる理屈ではなく、一種の”狂気のような理不尽さ”が支配しているのです。
人類の「競い争う性」でしょうか、、、しかしながら、リーの看破する”戦争の本質”を軸に戦争を研究すれば、”世界平和提案”の実現にグッと迫ることができると思うのです。
同害報復になぞらえれば、”狂気には侠気を”といったところでしょうか。
その「型とふるまい」は中村哲に倣うことができると確信しています。

それでは、また。
戦略思想研究所 中森護
P.S.
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