太平洋のモンスーン圏内に浮ぶ四つの火山島――鳴動する大地の活動に絶えずゆり動かされ、激烈な颱風の襲來に草木堂宇をふるわせ、ひとたび豪雨に逢つては忽ち狭小な河域を流れ下る雨水に氾濫される恐るべき自然の脅威!これこそ今日の日本國土の大問題として、日に月に痛ましい破壊と消失をわれわれに告げている。
放置され荒蕪した自然の凶暴な運動が、人間生活をいかに脅威し、その生命を危険に陥しいれるか――この問題の生きた実例を、來る年も來る年も、われわれは、襲來する颱風の度に、まざまざと実感させられている。
しかもこの不断の國土の破壊が人間の生産をますます減少させつゝある反面、狭小な國土に押しこめられた八千万の人口はいよいよ増大し、生産と出産のアンバランスがマルサスの死の法則のもとに慢性饑餓への道を辿りつゝある。
日本の國土建設の緊急課題は、この矛盾を、國土の破壊の阻止と、生産力の向上によつて克服しようとするものであり、日本の自然の最大の特質である降雨量の豊富、急峻な地形を利用し、その天然の落差による水力電氣の開発を根本原動力とする治山・治水と工業再建の方向に、大きな期待と希望を寄せるのである。
しかし、狭小な日本の國土の開発が、必然的に、日本國立公園としての自然保護区域をその最も價値ある生産力の基盤として必要とし、しばしば、自然の保護と利用との相矛盾した問題――自然の保存と開発との対立を招來することは、すでに、尾瀬ケ原問題をはじめ、幾多の開発計画にあたつて見られるのである。例へば綜合河川開発計画による発電予定地が、全土に亘り、風景美・自然景観において日本の優れた地点とされる――層雲峡、十和田湖、本栖湖、上高地、瀞八丁等を含む、自然湖沼の殆どすべてを網羅していることを契機として、経済的な実用價値か、文化的学術價値かの激烈な論爭と政爭を展開している。
さらに、この國土開発と自然保護との問題と全く同様な関係において、國宝文化財の保存問題が同時的に提起されており、いかにして崩壊し消失する國宝、文化財を保持するかが、國土建設とならぶ現実の最も切実な要請とされるにいたつた。
しかも、自然保護論者と國土開発論者との激しい対立と論争の間にも、また國宝・文化財をいかに保存するかゞ果しなく論議されている間にも、國土は不断に侵略され荒廃し、文化財は火災と腐朽の脅威にさらされている。
万物がことごとく崩壊と変換の過程をとり、不断の創造と弱化をつゞけつゝあることは、近代の科学が、原子核の神秘の解明を通じてわれわれに齎した眞理である。われわれは、この問題が、自然――原子より分子へ、元素より物体へ、地球全体へ、さらに宇宙そのものに対しても、適用されるということを知つている。
このことは、しばしば自然の保持が自然をそのまゝに放置することであると考える錯覚を完全に否定するものであり、放置された自然が、時間の経過とともに次第に變貌することとは、われわれの生存している地球の大いなる歴史的變化にも対比されるものであることは明かである。
放置された自然が刻々に崩壊し、変化するということは、日本の自然についても勿論であり、むしろ日本の自然の特質とされる繊細性・複雑性・調和性において最も顯著にあらわれて來るものである。日本の氣候的條件と自然の変化の下にあつては、余程細心な注意と周到な技術による不断の彫琢を行わないかぎり、到底自然そのものを保全することは不可能と云わなければならない。
しかも、日本の自然と人間の深い交歡のうちに形成された日本文化は、例えば生花にも象徴されるように、つねに、自然そのものの整理と彫琢によつて、よりよい自然を構成すること――その整理・彫琢が、決して人工的粉飾を加えることなく、ととのえられ、しかも自然であるところに、その優れた特質を示している。
この日本における自然と文化のすぐれた融合が、長い歴史の傳統を培つたという事実を、いま歴史の大きな轉換期に立つて深く感得する必要がある。
この歴史の敎訓――絶えざる彫琢なくしては日本の複雑繊細な自然と文化を、つねによりよく生かし、ととのえるための整理が不可欠であることを知るべきであろう。
日本の文化の傳統は、自然に対する人間の、最も賢明にして優れた態度をあらわすものであつたが、しかしそれがしばしば日本人の消極的無爲無策と混同される傾向も否定しえないところであつた。われわれは今日國土の現状をみるにつけ、その感を深くせざるをえない。日本の美しい自然を永遠にとゞめようとすることが、現在の殆ど自然放置にもひとしい名ばかりの國立公園地域の設定でこと足れりとするならば、自然の変調がもたらす自然破壊をいたずらに結果するのみであり、秀麗な山河も、今後みるみる崩壊の運命を免れえないであろう。
かくてわれわれは日本の自然をそのまゝに放置することによつては、それを生かし保全し得ないことを知るのである。
われわれは、日本の自然を永遠ならしめるためにこそ、自然をととのえ、整理し、自然力を秩序すけることによつて、そこに不断のエネルギーを発見する。日本の國土建設とは美の國日本の本質を眞に永遠にとゞめるためにこそ、なされるものであり、この根本的國土建設なくしては、その一部分の自然をも保ちえない窮状にあるを直視し、よりととのえられた自然としてその自然のもつ眞の本質を生かすことが、なによりも必要とされるのである。
そのためには現在の科学技術のもつ不完全性と、往々それが誤用されて自然に無残な傷痕を残した事件とを、よく反省し、科学が自然を破壊するのではなく、新しい第二の自然を創造する科学技術の発展に期待しなければならぬ。
純粋な自然の保存が、学術的・文化的見地よりなされることの要請される場合においては、一層、その保存のための整理と研究のための施設とを必要とするのであり、「保存=放置」と考える誤まつた観念を根本的に一掃することが、いずれにしても先決問題である。
文化は自然と切りはなし得ない関係をもつ。
一國の文化は、その地域にすむ人間自身の創造による集積であり、その人間の感情あるいは思想の発展過程に、それを培つた本質的な存在としての自然との不可分の関連をみる。
日本文化の特質は、不断に変化し刻々に変貌してゆくものを、つねに永遠につなぎとゞめ、継ぎ傳えたところにある。もののあわれをもつて表象される、すべてのものはかなくもこわれゆき、朽ちはて、消えさる運命への悲しみと諦念のうちにもそれを断ゆることなく受けつぎ、永遠にその姿をとどめようとする未來への意志の直接的表現を示したところに、優れた本質を発見するのである。
日本の精神的象徴とされる伊勢神宮が廿年毎に新たに造営され、つねに莊嚴な曇りない神聖さのうちに、永遠の象徴を傳えつゝある事実は、單なる宗教的問題をこえた、日本文化の本質に関する新しい形成の方途を示するものである。
これこそ、タウトがパルテノン神殿と対比した伊勢神宮の清潔な様式――それをいかに歴史的に傳承してゆくか、そもそも文化をいかにして継承してゆくかの問題に答えるものである。
日本の木造建築の素材からうける制限ある生命力――しかも昔のものをそのまゝ傳へんとする希望――伊勢神宮の造營こそ日本文化の秀れた傳承法と考えられる。同様の方式が複雑な構造のものに対してもとられ、千年・五百年毎の再建により文化相続が可能となりうるものといえよう。かくして、古くして常に新しく――新しくして常に古く、歴史とともに、時代と共に日本文化を発展させてゆくことが可能となる。
絶えざる腐朽の脅威、とくに木造建造物の宿命としての火災の問題は、ある程度以上は、全く偶然と運命のまゝに放置されざるをえない状況を示している。
日本の國宝・文化財のこの限られた物質的生命力の限界をこえて、いかに永遠の生命を傳えるか?長い傳統が今日われわれに残してくれた國宝・文化財に表象される歴史と文化について、それをいかに継承してゆくかといふ根本的課題に、今われわれは直面している。この爲にこそ、日本文化の眞の本質に対する透徹せる理解と認識のもとに根本方策を明らかにすることが要請されている。
われわれは國宝・文化財のうちに、一つの時代的様式の中にもられた永遠の生命の脈膊を感得する。しかし、その構成素材そのもののもつ物質的限界は、その永遠の持続を極めて困難ならしめている。主として木材、漆、絹、紙等を主要構成素材とする日本の國宝・文化財は、温潤なる日本の氣候――保存上の惡條件――に曝らされている。
われわれはそこに意味される永遠の生命の新しい時代的発展を実現することによつて、これらの過去の文化的蓄積の上に新しい文化の創造を実現することを、むしろ積極的に努力すべきではなかろうか?法隆寺に表象される聖徳太子の平和文化國家建設の理想を、今日いかに継承し、この新しい文化創造の方向の基盤となる過去の文化財そのものについても、それがつねに示す最大の問題であろう。そして、この新しい法隆寺を新しい國土にどのように構築するか――これこそ法隆寺が今われわれに示す最大の問題であろう。そして、この新しい文化創造の方向の基盤となる過去の文化財そのものについても、それがつねにわれわれをして永遠の生命を感得させる意味において、再建され、復原されるを必要とする。
この過去の文化財を再建することと、新しい文化の創造とは、なんら矛盾するものではなく、両者が、つねに内的に照應し交歡することによつて、旧い文化の傳統と新しい文化の創造が永遠の日本文化の発展を実現することとなろう。
國宝・文化財の保存の立場は、勿論、新しい文化創造への積極的意欲にもとずくものでなければならぬとしても、本質的には、永遠の生命を誤りなく未來に傳承する後者の立場に立つものといえよう。
文化財の保存の問題に関連して、しばしばその復原、再建は無意味であると主張される。それは恰かも、自然保存の場合における自然自体の崩壊を度外視して、一切の人工的調整を拒否する態度にも似て、古きものの消え去り、形あるものの破壊し去る物質の法則のまゝに、永遠的生命も、その形象とともに滅し去ることをもつて必然とする東洋的諦観に通するものである。もとより文化財の價値が、時代と長い風雪に耐えた、歴史的價値にあることを否定するものではない。しかし、それがわれわれに與えるものは、年月をへた素材の骨董品的古さによる感銘だけではなく、むしろ当時の雰囲氣を傳える様式と構成の價値によるところ大なるものあるを否定しえない。
如何にするも、その原型をとどめえないとするならば、われわれはせめてこの様式の再現によつて、様式のかたどる象徴の中にその永遠的生命をとどめるべく努力すべきではなかろうか?
われわれは金閣寺の燒失を徒らに嘆くのみでなく、その悲しみをこえて、せめて、金閣寺の様式を出來うる限り復原することによつて、その永遠の生命の幾分なりとも未來に傳えるべく努力するべきではなかろうか?
そしてさらに、木造建造物の限界を充分自覚することによつて、むしろ、その生命を永遠ならしむるためには、一定期間毎の再建をも考慮することが望ましいとさえ思われるのであり、日本文化の象徴としての伊勢神宮に示される方式は、このことをわれわれに教えるかのようである。
すべての人間の創造的所産は、本質的に永遠の生命を象徴として表現する。國宝・文化財の價値は、この象徴のうちに感得される永遠の生命であり、様式を通じて感情移入を行いうる精神にとつて、その眞僞は第二次的問題ではなかろうか?
園宝・文化財の保存の問題は単に日本文化の問題としてのみとどまるものではなく、すでにヨーロッパにおいても、その不朽の藝術作品をいかに保存するかに多くの問題が提起されており、レオナルドのモナ・リザも、やがてその面影をとどめなくなる時期が案じられている。
この世界文化の最大の問題ともいうべき、さけえない、作品の壽命の限界をこえて、その永遠の生命をいかに傳えるかという問題に対して、今日の最高科学技術による復原と再生以外には、方法はないと思はれるのである。その場合つねに問題とされる原画に対する複製品の劣等感の問題にしても、今日のすぐれた技術は、ほとんどその優劣の價値を決しえないほどの進歩を示していることを知るべきである。そしてさらに、複製品がつねに原画よりも劣るものであるという錯覚は、日本の浮世絵の示す版画としての藝術價値の意味を認識することによつて一掃さるべきであろう。それはあくまでも復製されたものであり、日本の庶民藝術のもつ廣汎な普及性が、今後の藝術保存の方法を暗示しているとも考えられるのである。
古い法隆寺の壁画は千年の歴史を残し、すでにその生命を喪失した。法隆寺の壁画を喪つたわれわれは、もとよりそれを旧に復することなど思いもよらぬとしても、せめてそれに近い面影を復原することによつて、その生命を今後一千年後に生れ來る子孫のために傳える決意をすべきではなかろうか?千年後の人間をして復原された壁画による二千前の様式を通じて往時の姿をほうふつとさせ、その永遠的生命にふれさせるべく努力することが、せめても、法隆寺の壁画を燒失した許しがたいわれわれの罪障の消滅となることを願わざるをえないのである。
そして現代の画家は、そのすぐれた技術を、この復原に傾けることによつて、自らの歴史的存在を明確にすることが出來るのであり、すでに近代の自由画の無秩序とデフォルメされた構図に自らの対象を失つた画家をして、この大きな歴史的課題に自らの全情熱を與えしめる以外には、その藝術的才能と技術を價値あらしめることは難いのではあるまいか?
存在するすべてが、ことごとく崩壊し、解体しゆく運命を免れえないとしても、人間の機能は、それと殆ど近似のものを用意し制作することによつて、永遠の生命を不断の変轉の中にも存続し展開させることが出來るであろう。
一つの形は滅び去っても、それがつぎつぎに継承され展開してゆく永久の輪廻――その衰亡の悲しみ、秋の野辺にも似たもののあわれも、さびしい冬の試燥をへて、再び新しい春の歡喜を迎える。さながら四季の移りゆきにも比せられる日本文化の発展――われわれはその普遍的な形の中に日本の象徴をみるのである。
永遠にして絶えざる変化――永遠の美の生命を、太平洋の不断の海潮音にもにて、つぎつたえゆくもの――ここに日本文化の本質を感得すべきであろう。
それは、ギリシャ・ローマに示される廃墟の美ではなく、また、エジプト・インド・中國の文化に示される石造の宏大・雄偉な形態とも本質構造を異にする。そこには永遠の様式がつくりつがれ、そのささやかな構造のうちに、永遠に減ぶことのない形式が示されている。
室町文化の象徴としての金閣寺の復原は、その文化的雰囲氣を再現する高度の藝術的方法によつて行われるべきである。それによつて、原型がある年月の経過のうちに辿らなければならない運命――そのもの自体の自然的變化によつて往時の時代の雰囲氣を古色そうぜんたる中に埋没してしまう傾向――をこえて、かえつて、義満の生きている金閣寺の豪華さを、金色燦然たる中に復原することも可能であろう。
様式という一つの時代の象徴を通じて、さながらその時代に呼吸し生存するように感覚させることが藝術としての復原の意義であり、復原とは歴史的象徴を永遠化する努力としてとらえられなければならぬ。歴史に生じたあらゆるものが、象徴として永遠の記念碑としてとどめられ、限りない變轉をへて、ますます成熟し、発展してゆく創造的進化のうちに、われわれは、國宝・文化財の保存という間題の根本的方向を自覚すべきである。
そして國宝・文化財を産んだ歴史的基盤としての國土の自然に対しても、その不断に変化しつゝある自然を一つの偉大なる象徴として保存すべく努めねばならない。
近代文明の初期、機械時代における恐るべき自然破壊――もうもうと立ちこめる集煙は澄明な田園の空気までも汚染し、静寂な森は、機械のけたたましい騒音にやぶられた。この自然破境に対する自然保護の運動は十九世紀の大きな文化運動としてラスキン、ホイットマン、ターナー、トラーヴェルらの自然愛好の精神のうちに豊かな文化的結実をもたらし、ウィリアム・モリスの工藝主義による機械否定の方向を、生活の藝術化として実践させた。
しかもターナーは、霧と煙につつまれた機械時代の風景を描くとともに、雨の中を疾走する蒸氣機同車に、機械時代の最初の抒情詩を表現した。
この初期機械時代における機械への反抗と機械よりの逃避も、二十世紀の藝術に対する機械の絶対の支配の前には次第にその影をひそめ、自然より機械への藝術的発展が実現された。しかし機械藝術のもたらしたものは、余りにも無残に解体された人間の断片であり、散乱した機械の部分品であつた。そして機械藝術の最高の結実が茸型の原子雲に象徴され、全人類の死滅を意味するものであるということを知つた多くの人間は、自らの過誤をみとめ、ルソー主義「自然にかえれ」再び自然に帰ることを唯一の生存の途と考えるに至つた。
彼らの機械に対する極端な憎惡と反抗は、その一切の影響を除去することにのみに熟中させ、自然の原始地域を設定することが、單に人間を機械より遮断することによつて可能であると思考するに至る、驚くべき時代錯覚を犯させるのであつた。
しかもすでに、原子力に象徴される新しい機械時代の到來は、人間をして、新しい機械による自然の発見と観賞を現実の間題として行いうる時代に生存せしめつゝある。
映画は、ほとんど見ることが出來ないとあきらめていた世界の隅々を、直接みるよりも鮮かに美しく、天然色で見ることを可能にし、大望遠鏡は、大宇宙の涯にまでわれわれの視界を拡大し、電子顯微鏡は、信じえないほどの小さい世界に、人間として、さながらガリバーのように旅行させることが出來る。――われわれはこの新しい時代の意義を、眞に自覚すべきであり、もはや機械の存在なくしてはわれわれの生活が瞬時も不可能なるを知るのである。
われわれは、すでに機械が第二の自然であり、不断に新しい自然を生産しつゝあることを認めると共に、この新しい機械の時代における生存が、機械との敵対によつては到底なしえないことを、――さらに自然自体でさえも、その不断の破壊を防止し、それ自体の生命的循環を行うためには、最もすぐれた科学技術による機械的構築を必要とすることを、深く認識すべきである。
そしてこの大きな新しい機械の時代の出現によつて、過去の十九世紀自然保存の概念――そこでは自然の保存=自然の放置と考えられていた――より機械と人間の和解と協力による自然の育成へ、新しい自然の不断の創造による自然の永遠化への方向を、國土の象徴的美の顯現として実践すべきである。
転載元:地球文化研究所著『日本經營計画』(1950年12月発表)