第三次大戦への無條件な脈動をつたえる現代の危機的状勢の中にあつて、日本の國土防衛はいかにして可能であるか?
日本の國土防衛は、単に警察軍、再軍備等の軍事力の充実のみによつては、決して完全されないことは明白である。すでに朝鮮事件発生以來、経済的・産業的にも重大な影響がもたらされ、経済、産業機構をいかに再構成するかに大きな問題が提起されている。かくてそれらは必然に國土防衛の一環として解決せらるべき課題である。
國土防衛の完璧なる解決としては、日本の人的・物的資源の統一的再編成――政治・経済・産業・社会・文化等と、その基盤としての國土そのもののグローバルな統一的創造的構築が、眞に國土防衛として一体的に行われるのでなければならない。
もとより國土の防衛の決定力は軍事力をもつて行われるものとしても、その基盤となる國土の強固な建設の裏付があつてこそ、眞に防衛の決定力を発揮しうるのであり、そこに始めて完全なる安全保障が達成されるものであることは明かである。
経済的諸困難の増大、社会不安の激化、産業構造の轉換、國土開発・治山・治水の要求――今や日本は更に新しい地球的見地よりする國土防衛計画の樹立を必要とし、こゝに國土防衛=國土建設としての規定を明確にして、日本防衛に関する國土建設計画の積極的実現に進むべき時期に立つている。
國土建設の資本は國土防衛に即して投下され、産業の活溌化による直接的な特需品の生産、補給を実現するとともに、産業の活動が必然的に要求する生産エネルギーの需要増大に應じるものとして、基本的資源の開発・建設が同時的に行われるものでなければならない。
各種特需産業の廻轉と國土の保護、電源・道路・港湾等の基礎的資源の開発が、眞にグローバルなのとして、統一的に実現されることによつて、國土防衛としての投資を眞に効果的ならしめることができるのである。
一方、國土建設の基本的方向は、最も良く日本人の特質・能力、國土の自然的條件・特徴を発展せしめる方向に行われるものであらねばならない。
アジアにおいて近代的工業施設と能力とを有する唯一の存在としての日本は、「アジアの工場」としての自らの特質を十分に発揮すべきであろう。
このことは、アッカーマン報告が指摘するように、極めて狭小な國土と資源の上に尨大な人口をかゝえている日本の将來に重要な意義を有するのであり、日本は唯この方向に発展することによつてのみ、その傳統的な工藝的・科学的な文化能力と特徴を発揮しうるとともに、日本の生存を確保する大きな途を開拓することとなるであろう。
とくに今日、極度に非科学的な日本の農村経営に莫大なエネルギーが消耗されている状況にあるが、今やこの力を何処へ、いかに、使用するかについて根本的な再検討を必要としているのであり、それは農工一体化として、ひいては産業・社会・文化全般の根本的な改革をもたらすに至るであろう。
かくてこれらの國土防衛=國土建設としての國土の綜合的建設は、単に日本の狭小な自主的意図によるよりも、むしろ國土建設財團としての國際的機能と調整をもつて行わるべきであり、奈良朝の大建設において異邦人の力が尨大な貢献をなした歴史の意味をかへりみ、そこに異質的な文化の交流によつて日本の大きな発展がもたらされたことを知らねばならない。
國連基地としての日本の國土建設
日本の國土防衛は決して単なる一日本國家の防衛・建設として行われるものであつてはならない。
武装放棄と平和國家としての方向を明らかにした日本の防衛は、たゞ世界平和の防衛と一体的に認識されることが必要であり、國土防衛に更に現代世界の発展の方向と本質的に連關する意義と内容の存することを知らねばならない。
防衛の立場がいさゝかでも國家的利己的打算にもとづくものであるならば、防衛そのものが不可能となるばかりでなく、防衛体制の強化が反つて自己の徹底的破壊を結果するであろうことは明らかに予見されるところである。何故なら、それは世界平和と一体化された日本の地球的立場を放棄し、反つてそれを破壊するものとなるからである。
われわれは國連旗ひるがへる日本の現実を直視し、國土防衛とは決して一日本の國家的防衛を意味するものではなく、國連の基地としての防衛であり、アジアの防衛、地球の平和の防衛として、それが世界構造に内的に連関する意義を有つことを、日本の地球的位相に立つて深く認識せねばならない。
朝鮮事変を契機として國連軍が創設され、國連軍は名実ともに世界平和の維持機構としての実力を形成するに至つた。このことは近代的國家がそれぐの國家軍によつて個別的に平和を保障しようとした段階から、それらの國家軍の上に立つものとしての國連軍の確立、それによる世界平和の維持という方向を、現代世界の必然的な進展の過程の中に明かに語つているのである。
この國連強化の歴史的進展方向にあつて、世界平和を最高目標とする日本は、今や國土・國民のすべてを挙げて、一層國連の強化に努めねばならない。
國連が実質的に強化されるためには、その現実的基盤を必要とすることは明かである。こゝにおいて日本の全國土が國連を強化する基盤として構築される時、それが眞に世界平和の維持機構としての実質を有する劃期的な進歩の段階に進みうることが予想される。
國連の太平洋における拠点として日本の全國土が建設され、その「アジアの工場」としての実力・戦略的地位が國連の直接的地域とされる時、日本はアジア太平洋の安定勢力として、侵略闘争を実質的に防止しうる機能を発揮し、眞に地球の平和のための防壁となりうるであろう。
このことは、日本再建がその軍事的潜勢力を増大するものであるとして、今日なほ根強く存在する各國の帝國主義日本に対する危惧と恐怖を一掃するであろう。日本の強力な建設とは、國連の実質的充実として、反つて二つの世界のバランス・オブ・パワーの間に置かれた世界平和の安定力となることが明白となるであろう。
國連旗の下における日本の建設とは、あくまでも世界平和の基地としての國土建設であり、まさに「太平洋のスイス」としての建設と表裏一体をなすものである。「太平洋のスイス」は世界平和のモデルとして、「地球の平和」建設への第一歩として計画・構想されるものである。その建設が同時に「地球の平和」を守護・防衛する國連の基地の建設となることはむしろ必然と云わねばならない。
観光建設=國土防衛
このことはまた現実的問題として、「太平洋のスイス」としての観光建設と、國連の直接地域としての國土防衛との一体的関係を表示するものである。
観光建設計画における生産的・創造的なる國土全面のグローバルな開発・建設は、國土の生命機能を十全に発揮せしめるものであつた。その事業が國土防衛の実力を充実せしめる実現的基盤の構築となることは、具体的な建設の裡に明らかにされるのであつた。
観光道路、奥地山岳の開発、観光施設の建築、交通の完備、港湾の建設等……全國の綜合的観光建設は、また國土防衛と密接な関連を有する。
長い傳統と生命をもつ歴史・文化とは、単に記憶された観念ではなく、また紙上に書かれた單なる資料でもなく、まさに土に刻まれた時間的層であり、或は國土の生命的発展と共にその表土の上に積み重ねられた歴史の年輪として、國土に浸み出た生命の結晶である。
この國土の生命的本質を眞に認識する時、これを保存し、開発する観光事業としての内的建設が、また外的防衛の経済的社会的・文化的基盤を形成することは、國土建設の本質的意義として正しく認識されなければならない。
われわれはこゝに「太平洋のスイス」を建設せんとする國土愛が、即國土防衛と一体化する本質を認識するとともに、更にそれが深く地球愛の根源に立つものであり、國連の基地としての日本建設が「地球の平和」への大いなる貢献となり、その地球愛が即國土愛としての観光建設と一体化する日本の地球的象徴性を深く自覚するものである。
この地球的位相に立つ國連日本の構築によつて、現在日本が直面する諸問題もはじめて解決されるのであり、この地球的性格をもつ日本の建設を実現する國土建設財團の國際的機能の意義を明確に知らねばならない。
ルネサンス期の桃山文化時代の大建設、或は明治の建設にも見るように、つねに異質的なるものを積極的に摂取し同化し、國土の生命の中に融合・結実せしめるところに日本の文化的特質があり、そこに日本の文化的社会的形態がつくられたのである。
日本の今後の建設の方向も、その自らの文化的能力と特質を自覚することによつて、今や國連としての、地球そのものに対する新しい摂取と同化に全力を盡さねばならない。
そこに初めて日本の平和は地球の平和と結ばれ、國土愛即地球愛として、平和國家としての日本の理想が地球的に実現されることを知るのである。