修験子栗原茂【其の一九】黒い霧の発端ともなる吹原産業事件(中編)

 ❶の4『被告人・森脇の企図の実行』

 一≪総裁選挙資金名目の十億円の貸付≫

 森脇は右企図を実行に移そうと考え、まず昭和三十九年五月中旬ころから、資金繰りに苦慮していた吹原に対し、バックからの要求にかこつけて債務の整理を迫り、「今年の自民党総裁選挙には佐藤も立候補するので池田派としても多額の資金が要るだろう。その資金として黒金官房長官に貸付けるという名目なら、バックも信用して金を出すだろう。この金を銀行に出し入れして恩を売り信用させたところで、一挙に高額の金を引き出し、その金で一旦旧債を整理すれば、バックに対する自分の顔も立つ。あとの面倒はいくらでもみる」などともちかけ、吹原をしてその旨了承させたうえ、同月二十五日ころ、吹原の取引銀行でその支店長と吹原が格別懇意な間柄にある大和銀行京橋支店を利用させるべく、吹原に対し、「五月二十七日にバックから十億円を引き出すから、これを他手の決済資金に当てることにして、大和京橋から他手と交換に五億円の預手と五億円の通知預金証書を引き出し、五億円の預手を三和東京の預手にかえて債務の返済に当てるように」と指示した。

 そこで吹原は、同月二十六日大和京橋から十億円の他手で五億円の預手と五億円の通知預金証書を入手し、五億円の預手を即日三和東京で同支店振出の五億円の預手と交換し、翌二十七日右五億円の三和東京の預手を旧債の返済として森脇へ手渡したうえ、同預手と現金五億円を同日付総裁選挙資金付名目の十億円の貸付金として受取り、黒金名義の名刺による受領証等の書面を差入れ、右預手五億円と現金五億円をもって、前日大和京橋に交付していた十億円の他手を決裁した。

 二≪総裁選挙資金名目の二十億円の貸付≫

 同年六月二日ころに至り、森脇は吹原に対し、「六月五日にバックから総裁選挙資金名下に二十億円を引き出し黒金を借主名義人として貸付けるから、前回同様の方法で大和京橋から預手を引き出し五月二十七日の貸付金十億円を六月十一日の弁済期前に一旦返済してバックに信用をつけたうえ、改めて二十億円一本の借入金にした方がよい」などと提案し、吹原をしてこれを了承させたうえ、同月四日ころ吹原に対し、バックを信用させる都合上右十億円の返済には、大和京橋の預手を、黒金を受取人とする三和東京の預手に切り替えて持参すべきこと、なお右十億円のほかに旧債分二億五千万円をも内入れ返済すべきことを指示した。

 そこで吹原は同月四日大和京橋から前同様他手により十三億円と五億円の大和京橋預手を入手し、十三億円の預手を同日三和東京に振込み(五億円の預手は大和京橋の通知預金にした)、そのうち十二億五千万円を三和東京で黒金を受取人とする十億円の預手および持参人払式の二億五千万円の預手に切替えて森脇文庫の旧債の返済として森脇に交付し、翌五日、右二通計十二億五千万円の預手と現金七億五千万円を、同日付総裁選挙資金名目の二十億円の貸付金として受取り、黒金名義の受領証等を偽造して差入れ、右二通の預手と現金七億五千万円計二十億円中十八億円をもって前日大和京橋に交付しておいた他手十八億円を決裁した。

 三≪総裁選挙資金名目の五億円の追加貸付≫

 さらに森脇は、同年六月末から七月初めにかけて、かねて吹原に対し貸付けていた二億五千万円を同年六月三十日に切替えるに当り、前同様総裁選挙資金として貸付けたことに仮装したほか、翌七月四日吹原に対し金二億五千万円を貸付ける(利息を差し引いた現実交付額は一億四千三百万円)に当っても総裁選挙資金として貸付けたように仮装し、吹原より右二口の合計五億円の貸付金につき偽造にかかる黒金名義の「証」と題する書面を徴した。

 四≪総裁選挙資金名目の貸付金二十億円に対する内入れ弁済と預手交換≫

 森脇は、前記六月五日に総裁選挙資金の名目で貸付けた二十億円のうち七億五千万円の支払期日が偽造の黒金念書によって同年八月二十九日としてあったので、期日到来によって一応右内金だけは吹原に返済させることにより、右念書に符合した事実を作り出しておこうと考えたが、吹原に資力がないことを知っていたので、同人をして前同様他手と預手の交換操作によって右返済資金を捻出させるべく、同年八月二十四日ころ吹原に対し、右貸付金の内入れ返済を要求し、吹原は前同様他手と預手の交換操作によってその返済をすることを森脇に約した。

 こうして吹原は、同年八月二十五日大和京橋から他手と交換に七億五千万円の預手を入手し、これを三和東京の預手に切り替えて、前記六月五日の総裁選挙資金名目の貸付金二十億円の内入れ返済として森脇に交付し、翌二十六日に同様方法で新たに入手した大和京橋の預手を森脇に依頼してその取引銀行である東海銀行東京支店の日銀小切手に交換して貰い、それによって前日に大和京橋に交付した他手を決済した。

 その後も吹原は、森脇の協力のもとに同様操作を繰り返して前日の他手を決済して行ったが、森脇は、右連続した預手交換が長期に及ぶと東海東京に不審を持たれかねないところから、これを一両日中断する必要を感じ、吹原に同年八月三十一日十億円を貸付け、この金員で吹原をして同月二十九日(土曜)の他手を決済させ、継続していた預手交換を一旦中断させた。そして森脇は、吹原をして改めて翌九月一日前同様他手で大和京橋から十億円の預手を入手させ連続預手交換を再開させたが、前記他手決済のための十億円の貸付を通知預金設定のために貸付けたことに仮装するため、吹原をして右十億円の大和京橋の預手で三菱銀行本店に十億円の通知預金を設定させた。そして森脇は、同月三日吹原をして右通知預金を解約させてその解約金を同月一日以降継続中の預手交換に使われた他手のうち十億円分の決済に当てさせた。

 吹原はその後も、大和京橋を利用し森脇の協力のもとに預手交換を継続して行ったが、その間同年九月十日ころ、森脇は、吹原に対し前記八月三十一日貸付分十億円の返済を求め、吹原をして同年九月十四日大和京橋から他手で五億円二通の預手合計十億円を入手させ、これを三和東京の預手に切替えて右の返済に当てさせた。その結果、それまでの五億円の預手交換に右十億円の預手交換が加えられ、その後十五億円の預手交換が反復されて行った。

 五≪十五億円の預手交換の打切りと同額の通知預金証書の入手≫

 森脇は、同年九月十五日ころ、かねての企図に基づき吹原をして大和京橋から資金の裏付けなしに十五億円の通知預金証書を入手させようと考え、吹原に対し、「バックから十五億円を引き出して貸付けるから預手交換を一段落させてはどうか。バックを納得させるため通知預金をするといってバックから十五億円を引き出し、それで他手を落して銀行を一段落させ、その代りあんたの腕で大和京橋から十五億円の通知預金証書を政治的に引き出してバックに見せたら納得するだろう。そのようにするならバックから十五億円引き出せると思う。通知預金証書は単にバックに見せて納得させるだけのものだからすぐ返す」などと慫慂し、他手の決済資金に窮していた吹原をしてこれを承諾させた。

 そこで森脇は、同月十七日ころ、通知預金証書につき正当な預金者を装うため、他手決済資金として貸付ける十五億円につき、通知預金を設定するため十五億円を貸付けるという趣旨の同日付念書を吹原から徴したうえ、同月十八日吹原に対し十五億円を貸付け、これで吹原をして前日の他手を決済させ、それまでの十五億円の連続預手交換を打ち切らせた。吹原は森脇の前記指示に従い、同月十九日大和京橋支店長東郷らに対し、「自民党の金を預金するが、入金はあとで現金または日銀小切手でする」などと偽り、同支店発行の山田一郎・飯塚好雄名義の各七億五千万円の通知預金証書二通を資金の裏づけなく入手して森脇に手渡した。

 六≪大和京橋からの三十億円の預手引出し≫

 同年九月二十五日ころ森脇は、吹原に対する総裁選挙資金名目の貸付金中十五億円と、前記大和京橋通知預金名目の貸付金十五億円の合計三十億円の貸付金につき、吹原をして大和京橋から資金の裏づけなしに三十億円の預手を入手させ、これを右貸付金の弁済に当てさせ、同預手の善意の取得者を装うことによって吹原の債務を同銀行に肩代りさせようと考えた。そして森脇は、吹原が大和京橋の東郷らから前記山田・飯塚名義の各七億五千万円の通知預金証書の返還を強く求められて苦慮しているのに乗じ、吹原に対し、「バックから証書を取り返すためには、五月以降の貸付金だけでも三十億円になっているから、その分について預手でも持ってきて見せなければバックが承知しないだろう。あんたの腕なら大和京橋から三十億円の預手を引き出せるのではないか。そうすれば、バックに対して自分の方も立場がよくなるし、吹原という男はこの位の力があると認めさせることができる。自分の立場がバックに対してよくなれば、またあんたの面倒も見ることができる。預手はバックに見せてバックが納得したら返す」などと申し向け、吹原をしてやむなくこれを了承させた。

 吹原は森脇の提案を一応了承したものの、三十億円の預手は巨額なのでこれを大和京橋から引き出すことを躊躇していたが、その間大和京橋から前記山田・飯塚名義の各通知預金証書の返還をますます強く要求されたため、森脇の了解を得て、同山田・飯塚名義の各七億五千万円の通知預金証書を受取って同支店に返還した。

 同年十月一日に至り、吹原は、大和京橋の木村支店長代理に依頼して、それまでと同様他手と交換に三十億円の預手を入手し、見返りの他手は交換に廻さないよう依頼して不渡り防止の措置を講じたうえ、右三十億円の預手を森脇に渡し、引換えに前記九月二十九日の十五億円の預手を受取ってこれを大和京橋に返還した。ところが、翌二日大和京橋の東郷支店長が転勤するという事態が発生したのであるが、吹原は、同支店長が転勤すれば、それまでのように他手と交換に預手の発行を受けることが困難になると考え、森脇と相談のうえ、同支店長の在勤中に右三十億円の預手を切替えておくことにし、同日同支店長と木村支店長代理に依頼し、翌三日前同様他手と交換に三十億円の預手を入手し他手は交換に廻さないよう依頼したうえ、同預手を森脇に渡し、引換えに十月一日の三十億円の預手を受取りこれを同支店に返却した。

 ❷「罪となるべき事実」1『被告人・森脇、同・吹原の共謀』

 被告人森脇は、前記のように、被告人吹原に対する巨額の債権を銀行に肩代りさせる企図のもとに、同被告人をして大和京橋から資金の裏づけなしに三十億円の預手を入手させてこれを取得したのであるが、同銀行に右預手の支払をさせるよりは、むしろ資金力もより豊富で、頭取の宇佐美潤(?洵)が黒金と親交があり、それまで念書上黒金と関係づけておいた三菱銀行を相手にした方が計画実現に都合がよいと考えるに至った。すなわち、森脇は前記大和京橋の三十億円の預手を吹原に返還する代りに吹原をして改めて三菱銀行から入金せずに同額の通知預金証書ないし定期預金証書を引き出させてこれを取得し、後日機をみて右証書は自分が吹原に命じて右三十億円の預手を預金させて取得したものであると主張し、正当な預金者を装ってその支払を求め、同銀行が容易にこれに応じないときは、前記❶の3において述べた企図のとおり同銀行の不当な証書発行の責任を強く追及し、同銀行の信用を毀損しかねない勢いを示して同銀行を支払に応ぜざるをえない立場に追い込もうと考えた。

 そこで森脇は、昭和三十九年十月六日ころ、吹原から大和京橋の預手三十億円の返還を懇請された際、「バックがこの預手を取り立てるといっている」などと口実を設け吹原を困惑させ、吹原が「約束が違う。預手は空だからそんなことをしたら困る」と抗議したのに対し、「バックには預金のない空のものとは言えないし、自分も立場に困っている。そこでバックを納得させるために、あんたの親しい一流銀行から三十億円の通知か定期を政治的に引き出せないか。通知か定期を預手と交換にバックに渡しておけば、その間にバックと話がつけられるから」などともちかけ、吹原から三菱銀行の名が出るや、「三菱ならあんたと親しい黒金も宇佐美頭取と親戚(?)だし、あんたの腕なら政治的に引き出せる。何とかならないか」などと、暗に入金をしないで通知預金証書または定期預金証書を引き出すよう慫慂し、吹原をしてこれを承諾させ、ここに森脇と吹原との間に三菱銀行から預金の裏づけなしに預金証書を騙取することの共謀が成立した。

 ❷の2『吹原による詐欺の実行』

 吹原は、森脇との右共謀に基づき、三菱銀行から預金の裏づけなしに預金証書を騙取すべく、その対象として、かねて昭和三十八年からたびたび大口預金をして恩を売り、また黒金代議士と昵懇にしているとか、自民党の裏預金を扱っているなどと吹聴し、支店長山口宗樹以下の行員に絶大な信用を得ていた三菱銀行長原支店を選定した。

 そこで吹原は、同年十月十六日午前十時ころ、三菱長原に電話をして、当時たまたま転任を命ぜられ新任の支店長稲野佐一郎に事務の引継ぎをしていた前記山口宗樹に対し、「栄転祝いの預金として二~三十億円を現金か日銀小切手でするから来てくれ」と偽って、同十一時ころ右両名と同支店次長菅原順平を中央区銀座五丁目三番地所在の吹原産業に呼び寄せたうえ、あたかも自己が自民党の裏資金の操作をしているかのごとく装い、「参議院議員の選挙が近づいたので自民党が各地の支部に分散してある資金を集めるが金額は裏金もあって二~三十億円になる。これを二~三の銀行に集めてからある銀行の自分の口座に集中し、それを長原支店の口座に預金の移し替えをしたいと思っている」などと言葉巧みに虚言を弄し、さらに自民党に連絡すると中座してから、「今日は自民党と連絡がつかなかったので駄目だが、明日連絡する」などといい、いかにも右虚言が真実であるかのように振舞った。山口らは、それまでの取引実績などから既に吹原を信用していたので、巧妙な話術と態度からその虚言をそのまま信じ、巨額の預金を受け容れることによって長原支店の預金成績も著しく向上すると考え、吹原に是非その預金をして欲しいと懇請した。同日午後、吹原は三菱長原から通知預金証書を書き出すことを森脇に話し、森脇は了承し、通知預金は十億円と二十億円の二通とするが、預金名義人はバックと相談のうえ明日連絡する旨指示した。

 翌十七日、吹原は三菱長原に電話し、前記菅原次長に対し、「今日は預金できそうだから十億円と二十億円の通知預金証書二通を、名義人を空白にして持参して欲しい」と申し向け、真実預金してくれるものと信じた菅原は、前日稲野支店長、山口前支店長も了承していたところから、吹原の要求する証書二通を作成して吉田良一支店長代理とともに吹原産業に持参した。しかし吹原は、まだ森脇から預金名義人について連絡がなかったのと、一旦右二通の証書を持ち帰らせることによってかえって菅原らの信用も深まると考え、「自民党本部と連絡がつかないから名義人が決まらない」と偽って右二通の証書を持ち帰らせた。同日昼過ぎころ吹原は三菱長原に電話し、支店長代理に対し、「どうしても今日は党本部と連絡がつかないが、月曜日十九日は大丈夫だからそのつもりでいてもらいたい」と偽り、吉田は稲野支店長らに報告し、同日作成した前記通知預金証書二通を取消処分にした。

 一方森脇は、同日午後吹原に対し、三菱長原から騙取する通知預金証書二通を、いずれも架空人である玉田善利名義で二十億円、大川忠志名義で十億円とする、印鑑はバックと相談のうえ届ける旨指示した。

 こうして吹原は、同月十九日午前九時ころ、三菱長原に電話して吉田に対し、「自民党本部と連絡がついたので、通知預金の名義は玉田善利と大川忠志にして欲しい。玉田の分を二十億円、大川の分を十億円として、二通の証書を至急持ってきてくれ」と連絡した。吉田は稲野、山口、菅原に報告し、右四名協議の結果、金額が高額なので、できるだけ日銀小切手か預手を吹原から受け取ることにするが、どうしても個人小切手で引換えを依頼されれば、従来の実績からみても間違いないから、吹原の個人小切手と引換えに証書を渡すこともやむをえないだろうということになった。

 そこで、菅原と吉田は、吹原の要求どおり玉田・大川名義の通知預金証書二通を作成のうえ、同日午前十時半ころ吹原産業に持参したところ、吹原は右両名に対し、「現在まだ金が集まっていないが午後には確実に集まるので、とりあえず自分の小切手を渡しておくから、通知預金証書を渡して欲しい。午後には自分の小切手を日銀券または預手あるいは現金と引き換える」などと虚言を弄し、その旨両名を誤信させ、即時同所で、吹原個人振出の北海道拓殖銀行築地支店を支払人とする額面三十億円の小切手と引換えに、両名から三菱銀行長原支店発行の玉田善利名義額面二十億円、大川忠志名義額面十億円の通知預金証書各一通の交付を受け、もって騙取の目的を遂げたものである。

 第二節〈いわゆる吹原事件〉の第二《三菱銀行に対する恐喝未遂事件》

 第二の❶「犯行に至るまでの経過」

 森脇は、前判示のように、吹原に対する巨額の債権を銀行に肩代りさせる意図のもとに、吹原と共謀して三菱長原から入金をしないで玉田善利名義の額面二十億円、大川忠志名義の額面十億円の各通知預金証書を騙取し、前記大和京橋の預手三十億円と引換えに吹原より右各通知預金証書を入手したが、同預金証書が実際に入金がなされていないものであったところから、早急に同預金証書に基づいて三菱長原に払戻請求をすることをためらい、慎重にその機会を窺っていた。

 そしてその間、森脇は、バックの要求に藉口(しゃこう)して、後記判示のとおり、吹原から同年十月十九日付で黒金泰実、吹原弘宣連名の念書を徴し、同念書によって前記玉田善利名義二十億円、大川忠志名義十億円の各通知預金証書が大和京橋預手三十億円によって作られ、預金者が森脇であることを仮装し、かつ黒金泰実名義を連ねることによって同人を右通知預金証書に関係づけたほか、黒金泰実名義の右通知預金の払戻延期懇請の念書等を聴取した。なお同年十二月十四日、森脇は前記大川忠志名義の十億円の通知預金証書を、後記判示の(株)間組振出の約束手形中七億五千万円および吹原産業振出の約束手形二億五千万円の割引金名下に、吹原に返却した。

 こうして昭和四十年三月中旬ころに至り、森脇は、三菱銀行に対し玉田善利名義の二十億円の通知預金証書を利用しその払戻名下に、かねての計画を実行に移そうと考え、平本とともに、まず同月十八日自民党幹部とも懇意で政界の事情に明るい児玉誉士夫に会い、黒金念書等関係書類を見せ、「自民党池田派に総裁選挙資金を貸付けたが、それを大和京橋の預手三十億円で返済を受けた。その返済金を三菱長原の通知預金にして証書を入手した。佐藤内閣は池田の承継内閣だから、池田派が使ったものであれば当然自民党が払ってくれるべきだから、党と話し合って欲しい」旨の政界工作を児玉に依頼した。

 かくて森脇は、同月二十日午前十時ころ、森脇文庫の社員藤井輝夫を伴い三菱長原に赴き、同支店長稲野佐一郎に対し、前記玉田善利名義額面二十億円の通知預金証書を呈示しその払戻方を請求したが、同証書が詐取されたものであることを理由にこれを拒絶されるや、「支店長では分からぬから責任者の所へ行く」といって、同支店長に同銀行本部へ電話連絡させたうえ、自ら電話に出て同銀行本部業務部副部長岡田功に同日午後一時ころ同本部に行く旨告げ、一旦森脇文庫に帰った。

 第二の❷「罪となるべき事実」の1『森脇の恐喝未遂』

 森脇は、たまたま森脇文庫に来合せていた平本一方を同道し、同日午後一時ころ、千代田区丸の内二丁目五番地の一所在三菱銀行本店に赴き、同本店新館三号応接室において、同行業務第一部長山科元、同部副部長岡田功と面会し、両名に対し、長原支店長作成にかかる前記玉田善利名義額面二十億円の通知預金証書が真実は預金の裏づけなく発行されたことを知りながら、これを長原支店発行の印鑑届証明書とともに呈示し、自己がその正当な預金者であると称して同預金の払戻しを請求し、右山科らから該証書が吹原に詐取されたもので無効であり支払うことができない旨説明されるや、右両名に対して、「入金がないのになぜ証書を発行したのか。これでは預金者は保護されない。印鑑届証明書もある。黒金泰美の依頼もあって通知預金をしたものだが、支払に応じないなら民事・刑事の両面で訴える。三菱銀行の非を天下に訴え、社会的に糾弾する。黒金の念書も入っている。この念書は平本が黒金からとってきた。支払えないというなら、これは政界財界を通ずる戦後最大の事件になる。造船疑惑どころの話ではない」などと、偽造にかかる黒金泰美作成名義の念書類を綴じたファイルを開き示しながら申し向け、もし払戻請求に応じなければ右通知預金証書を発行した同行の失態を公けにし、かつ政治問題と結びつけその責任を追及して同行の信用を著しく毀損しかねない態度を示して脅迫し、同行から右通知預金の額面相当額を喝取しようとしたが、支払を拒否されたため、その目的を遂げなかったものである。

 第二の❷の2『被告人・平本の恐喝未遂幇助』

 平本は、森脇の右恐喝未遂の犯行の場に同席し、森脇が山科、岡田の両名に対し、預金の裏づけのない通知預金証書に基づき恐喝行為をしていることを認識しながら、森脇の、「黒金の念書は平本が黒金からとってきた」旨の発言を肯定して頷き、岡田が前記ファイルの書類を写させて欲しいというのを、「そんな必要ないじゃないか」と制止するなど、森脇の発言を肯定する言動を示し、もって森脇の前示犯行を容易ならしめてこれを幇助したものである。

 第二節の第三《黒金文書の偽造、同行使関係》の●「罪となるべき事実」

 一〘吹原、森脇は共謀のうえ、いずれも行使の目的をもって、ほしいままに、⦆

 1、昭和三十九年六月六日ころ、前記吹原産業において、同月五日付総裁選挙資金名目二十億円の貸付に関し、かねて森脇においてタイプ印書により作成していた、「金弐拾億円也右正に受領致しました。金五億円也は昭和三十九年六月三十日、金七億五千万円也は同年七月三十日、金七億五千万円也は同年八月二十九日にそれぞれ持参支払致すことを確約致します。」旨の同年六月五日付平本一方宛の証と題する書面一通の末尾作成名義人欄に、吹原において、毛筆で「黒金泰美」と冒書し、その名下に同人の妻黒金美から預り保管中の黒金と刻した黒金泰美の角型実印を冒捺し、もって黒金泰美作成名義の権利義務に関する私文書一通を作成偽造し、

 2、同年七月四日ころ、前記吹原産業において、同日付総裁選挙資金名目五億円の追加融資に関し吹原において、かねて黒金と刻した黒金泰美の前記実印をその末尾に冒捺していた白紙一枚に、「本日金五億円也新しく借用した分は来る九月三十日相違なく御支払致します。又、六月三十日支払約束分の金五億円也も前期日同時に御支払致します。」旨タイプ印書して同年七月四日付証と題する書面一通を作成し、前記冒捺してあった黒金の印影の上部作成名義人欄に毛筆で「黒金泰美」と冒書し、もって同人作成名義の権利義務に関する私文書一通を作成偽造し、

 3、同年七月三十日ころ、前記吹原産業において、前記総裁選挙資金名目二十億円の貸付金の支払延期に関し、吹原において、前同様かねて黒金と刻した黒金泰美の前記実印をその末尾に冒捺していた白紙一枚に、「本月御返済御約束の金員、金七億五千万円に対し御約束通り決済出来ず御迷惑かけて申訳けありません。前金員に対しては来る八月廿日迄に三菱銀行より、貴取引銀行の東海銀行東京支店宛払込決済致します。右之通り相違ありません。」旨タイプ印書して同年七月三十日付証と題する書面一通を作成し、前記冒捺してあった黒金の印影の上部作成名義人欄に毛筆で「黒金泰美」と冒書し、もって同人作成名義の権利義務に関する私文書一通を作成偽造し、

 4、同年八月二十八日ころ、前記吹原産業において、前記総裁選挙資金名目の貸付二十億円および同追加分五億円合計二十五億円の弁済に関し、吹原において、「金弐拾五億円也は拙者等特別事情により借用したもので、拙者が表面的に責任をとったものでありますが、本月末その支払約束最終日が到来致しましたので、金七億五千万円也だけ御支払もうし残金拾七億五千萬円也は拙者等関係筋の都合により、左記の通り御支払致しますから御了承願います。此にその支払につき具体的に決定した事実を示し、その実行相違ないことを裏付け致し置きます。⑴、昭三十九年九月十日金拾億円也、⑵、同年九月十五日金拾億円也。右期日に各十億円宛三菱銀行本店より融資を受けることは、既に同行幹部及び担当者と協議決定済である。⑶、かねて交渉中であった日本信託銀行及び第百生命との共同融資で昭和三十九年八月十五日金拾五億円也の融資を受けること銀行及び生命重役及び担当者と協議決定済である。以上、⑴、⑵、⑶、の何れよりの融資金を以て優先第一位に金拾七億五千萬円也の拙者等残債務金全部を九月十日に拾億円也、九月十五日に七億五千万円也を御支払致します」旨タイプ印書して同年八月二十八日付誓約念書と題する書面一通を作成し、その末尾作成名義人欄に毛筆で「黒金泰美」と冒書し、その名下に黒金泰美の前記実印を冒捺し、もって同人作成名義の権利義務に関する私文書一通を作成偽造し、

 5、同年十月三十一日ころ、前記森脇文庫において、前記玉田善利名義額面二十億円、大川忠志名義額面十億円の各通知預金証書に関し、森脇において作成した、「三菱長原の通知預金拾億円也及び弐拾億円也は昨日御引出自由に為され可然念書差入れ約束致し居りましたが、拾億円也の引出方黒金泰美氏の対銀行関係上来る十一月十日に御引出願うことに懇請して御了承願いましたについては、同日には貴方において御自由に御引出下さって結構であります。これ以上は断じて引出延期を御願いしないことを固く誓約保証致します。本日三菱銀行宇佐美頭取及び黒金泰美氏との会合の件両者偶然関西に出張明日帰京のことですから来る十一月二日ころに会合することを了承願います。その会合から別口弐拾億円也をその日引出すかあらためて数日お待ち戴くかを決定願いそれまで暫定的に月末のことでもあり御待ち御願い致します」旨記載した同年十月三十一日付誓約念書と題する書面一通の末尾作成名義人欄に、吹原において、ペンで「黒金代理人吹原弘宣」と冒書し、もって黒金泰美代理人名義を冒用して権利義務に関する私文書一通を作成偽造したものである。

(続く)

 

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