【文明地政學叢書第一輯】第一四章 毛沢東と金日成

●毛沢東小伝

 毛沢東(一八九三〜一九七六)は湖南省山村の小規模地主の子に生まれ、兄弟三人、一四歳で結婚、一六歳で長沙を離れ、二六歳で湖南省立第一師範学校を卒業後、北京の大学図書館に勤め、妻が死去して帰郷する。長沙の初等中学で歴史教師、付属小学校長を務め、父が蓄えた遺産を継ぎ安定した生活のなか出版社も運営する。恩師の娘楊開慧(ようかいけい)を妻としたあと、共産党創立メンバーとなり上海大会を開催、のち労働組合でオルグに力を注ぎコミンテルンの指導に基づく国共合作に参画。上海クーデター(一九二九)によって国共合作が壊れ江西省で秋収起義(武装農民運動)を組織したが失敗し配下を抱え孤立する。湖南省と江西省の境界線井崗山(せいこうざん)に潜伏した毛沢東は、地元の女賀子珍(がしちん)との間に娘李敏(りびん)を設けるも、楊開慧の母子は国民党に捕まり処刑される。同年に井崗山を去り江西ソビエトを創設。のち国民党軍との抗争四年間に及び、本拠を捨て敗走する(一九三四・一〇・一八)。以後いわゆる長征を決行、貴州省遵義における会議(一九三五・一・一五)で共産党の実験を握ると、陝西省延安を拠点に定め(一九三六)ゲリラを指揮し抗日活動を本格化した。長征(共産党脱出と組織再編)中ゆえ、筆者は遵義会議で全権承認したと見なさない。
 私見はさておき主たる出席メンバー名を列記しておく。毛のほか周恩来、劉少奇、朱徳、鄧小平、楊尚昆、林彪、彭徳懐、陳雲、秦邦憲(博古)、聶栄臻、張聞天、王稼祥、凱豊、鄧発、李富春、劉伯承、李卓然らである。最も重要な出席者はコミンテルンから派遣されたドイツ人軍事顧問オットー・ブラウンであり、その素性をどう解くか史家の本領が問われるところだ。同じころ駐日ドイツ大使館付武官補として来日すぐ同大使へ昇格するオイゲン・オットとの関係は如何なる問題を含むのか。同じく日本上陸(一九三三)したゾルゲとの関係は単なる作り話に興じて個人情報に埋没する作家に判るまい。
 次第はさておき、通説とされる毛の個人情報を更に加えておく必要がある。国民党が共産党に対して攻撃を強めるなか共産党は一九三四〜三六年の間を長征という名の下に支離滅裂を繰り返し複雑なゲリラ(パルチザン)を展開する。だが日支事変勃発後(一九三七)から毛の妻子を殺害した国民党と毛が実権を握るとされる共産党は再び国共合作を成立させる。すなわち、国民党支援の米国と共産党支援のソ連は共に欧州史が生み出す歴史の宿痾で、日本はすでに抜き差しならない本厄に巻き込まれていたのである。
 翌一九三八年四六歳の毛は自らの子五人を産んだとされる賀子珍と別れ江青(ジャンチン)二六歳を新たな妻にすると、翌々年には「新民主主義論」なる思想を発表して自主的路線を形成したかのように見せかける。後発の「人民中国」の前編とも解す通説あるが「主体思想」と同じで、要はシオニズムをベースとする迷言で読む必要ない想定範囲内の代物だろう。
 大戦終結後の毛は日本占領に躍起となる米国に対し原爆に度肝を抜かれた混沌下のソ連に付け込むと国民党駆逐のため全力を傾注する。人類の心胆を寒からしめた原爆パニックは如何なる理屈も通用しない本能的属性の独り歩きを揺り起こし、世界は自ら求める目先の利権に呪縛された。ドイツを脅威としたソ連と、環太平洋の核心が日本であることに気付いた米国は欧州問題に専心し、支那大陸の出来事は想定外とする。単なる使い捨ての国民党は、毛らパルチザンに付け込まれたソ連の支援を受け盛り上がる共産党に負われて台湾に逃げ込む失態を演じる。
 さて、問題は、朝鮮半島が何ゆえ動乱勃発の引金になりえたか、また何ゆえ金日成というゲリラ(パルチザン)が浮上してきたかであり、いよいよ本稿核心の問題に辿り着くわけである。

●金日成小伝

 金日成は少年時代まで金成柱(ソンジュ)あるいは金聖柱という名前で、パルチザンになると金一星(イルソン)を名乗る。半島分断で北朝鮮が成立すると、金日成の字で絶対君主となる。通説は出生地を平壌西方の万景台(マンギョンデ)とし、両親がキリスト教徒で父は牧師とするが、公式文献では触れていない。独立運動(一九一九)の翌年に朝鮮を出て南満洲に移住している。吉林省での中学生時代に抗日運動へ参加し退学処分となりコミンテルンの指導に基づく展開を行なう共産党へ入党(一九三一)、ゲリラの部隊を率いるまで成長する。しかし、共産党は朝鮮独立運動を認めず朝鮮人は親日派反共と見なされ民生団員というレッテルの下、粛清される潮流(一九三三〜)が強く働いた。これを民生団事件と呼び、粛清を免れた金の正体を巡って様々な説や金日成複数説の作り話が独り歩きしている。東北抗日聯第一路軍第二軍第六師という長たらしい呼称を使う金日成部隊(パルチザン)の起こした咸鏡南道(ハムギョナンド)の普天堡(ポチョンボ)への夜襲(一九三七・六・四)が広く名を知られる契機となる。その宣伝に一役買うのが日本の官憲。金日成に多額の懸賞金をかけて討伐という名目で大きく報道している。日本軍の大規模な掃討作戦は咸興(ハムフン)に駐在した第一九師団第七四連隊に属する恵山(ヘサン)鎮守備隊を出撃させ抗日聯軍側に死者五〇余名を出し退散させており、当初の隊長は栗田大尉で後に金仁旭に交代している。以後一九四〇年三月には金日成部隊による報復があり、日本軍の討伐隊である前田部隊が事実上の全滅という事態も起こした。これらの経歴を通じる結果として金日成部隊はソ連領沿海州へ越境・退却し逃げ遅れの残党は壊滅状態で決着というのが通説とされる。また金日成がソ連に逃げおおせた最大の理由は、間島の朝鮮人移住民の支援に大きく影響されているという見方も通説である。
 ソ連における金日成の扱いは通常の手続き通り先ずスパイ容疑で身柄拘束のち身元保証から釈放という形式を踏まえ、ハバロフスク会議のもと極東軍参加の第八八特別旅団(長は周保中)に部隊共々編入される。金日成は第一大隊長(大尉クラス)としてハバロフスク近郊の野営地で本格的な訓練・教育を受け半島攻略の中核に据えられる。終戦前夜のソ連軍は欧州勢と米国勢を牽制するため自らポジションを確定していく布石を抜目なく実力行使するが、如何なる戦勝国も例外ではない。御破算で願いまする歴史の常道である。金日成は元山港に到着(一九四五・九・一九)する前にスターリンと会見を済ませるなど周到な準備の下、半島全体の総選挙(一九四六・一一・三)に臨んでいる。半島中部から北部へかけ臨時人民委員会を主宰、委員長就任と同時に政府の要件を満たす体制を敷き共産党北部分局を結成した。
 毛沢東および金日成に関する通説的個人情報はおよそ以上である。だが、政治史に限らず歴史に独裁が成立する要素は爪の垢ほども存在しない。集団が熱狂して幻想の英雄(個人)を生み出す行為を続けていく限り御破算で願いまする行為は決してなくならない。誰が何して何とやらを騙り生計の糧を得ようとする本能的属性を恥じない限り卑しさ極まるマスコミと同じ身分一代の徒花(危険)しか生まれない。百花繚乱の風景を愛でるには、相応の生命図を認識する必要があり、すべてのリサイクル・システムを認識しなければ平和は訪れない。

●本義の禊祓が半島の扉を開く

 以上、日朝問題を剖判するため最小限の情報パーツを挙げたが意図的に省いた附帯情報あることを承知されたい。以下、過去・現在・未来に通ずる連続性を究明しながら禊祓の本領を浮かび上がらせる作業に取り掛かる。
 法治(常識)制度が壊れる原因は、道義(文化)不在にも平然として自ら壊れていくことを知らない似非教育の不全講義にすべて集束される。単なる統計力学に基づく入出力のスピードを競い合う構造は朝令暮改の天気予報と同じで、人の人たる所以の生命機能をコンピューターより劣悪の電脳回路に陥らせた。機械文明が最も苦手とする熱との相性は少しずつ改良しつつあるが、人の熱狂は反比例していくばかりだ。如何なる理屈を並べても元より似非を見抜けない軽薄が法学の宿痾ゆえ公序良俗との距離を遠ざけ恥じない現実が詐欺を生み出す温床となる。法治崩壊を象徴するのが近く実施予定の裁判員制度であり、専門という学芸が単なるライセンス・ビジネスにすぎないことを白状する終末期現象ともいえよう。立法・行政・司法に跳梁してきた法学が詐欺社会の温床という根拠は実に単純で、禊祓は元より公序良俗さえ弁えないため、法治に素人の民を引き込み自らの延命を謀ろうとするサバイバルでしかないことは歴然である。然して法理(常識)が生み出す史観はおよそ作り話の域を出ずペーパー・ヒストリーに潜むのは危険だけとなる。つまり東京裁判史観を愚痴ても詮なく、北方領土奪還を目指しても官が税を無駄遣いするだけだ。日朝問題の本義を禊祓すれば、すべて片づく話なのである。
 通称九・一一事件の発生を機に悪の枢軸三ヶ国と指弾され、最も小規模で最も極悪とも指名される北朝鮮および金正日が何ゆえ世界の列強を振り回すことができるのか。この答こそ御破算で願いまする歴史構造の位相であり、片や文明の衝突なら片や文化の衝突という決定的に違う根本的問題が潜み、振り回すとか振り回されるとかの次元ではない。もとより信じ合えない族種混交の構造を宗教という契約手段により住み分けてきた古代文明の残滓は、契約市場を競い争う歴史的な場の空間にも生かされている。これに比して、狭小なる半島は時空を同じくする文化を土台に無理難題あろうとも信じ合い住み分けるほかない社会である。常に似て非なる文明の余波に晒され御破算で願いまする犠牲に晒されてきた文化を力づくで抑え込もうとしても、逃場のない半島はイラン・イラクとは位相が異なる。金王朝の首級がインチキ極まる作り話であっても、例えばベルリンの壁と同じ設計思想で捉えるのは当たらないのだ。場の統一理論さえ知らない似非文明が如何なる人権理論を振りかざそうと、逃場を持たない文化の扉を開くには、天の岩戸と同じ意味を持つ本義の禊祓を要するのである。
 フセインさえ殺せば用が足りると考えた浅智慧が招く現実や、あるいは拉致犯罪さえ放置して恥じない日本政府と社会の何処に人権が存在するのか。

●金正日の登場

 金日成死去との報道が世界を駆けめぐったとき、ナポリで開催されていた先進国会議(G7ショー)に出席中の村山首相は下痢症状のため自室を出る気力する失う器の小ささを露呈する。図太さでは土井たか子に遠く及ばない証であるが、すべての負を先送りして恥じない文明は、金日成死去・金正日継承という千載一遇のチャンスを見過ごし、人権問題の核心である拉致犯罪まで放置した。
 平成六年(一九九四)は干支一一番目の甲戌(木の兄いぬ)に当たり、陰陽五行では陽の木、陽の土を意味し、木剋土(相克)ゆえ根を地中に張る木が土を締め付け養分を吸い取ることから土が痩せると解される。主体暦八三年は金日成の行年を意味するが、実際の使用は金正日の代になって建国四九年(一九九七・九・九)を機に突如として制定された、紀年法による時間操作である。チュチェ思想の第一弾は金日成顧問の金策を軸に作られ反ソ連の立場から自立の主体性を唱える形でウリ式社会主義を土台とした。以後、スターリンが没し、フルシチョフ政権(一九五三〜六四)が本格始動すると、東欧諸国を動揺させるスターリン批判(一九五六)の体制が敷かれる。ハンガリー動乱はその象徴だが、革命四〇周年(一九五七)に参加した毛沢東もモスクワ大学でフルシチョフを批判する演説をして、対立色を鮮明にする。支那の統一論説たるレーニン主義万歳(一九六〇)は完全に対ソ対立構造を世界へ知らしめるところとなり、必然的に北朝鮮も独立路線を形成せざるをえない状況へと追い込まれる。激しい因子の揺らぎに晒される北朝鮮の公式プロパガンダも解釈権をめぐり在らぬ方向へ流され、政策課題と主体思想の間に生じる齟齬は何度もねじ曲がる。つまり、解釈次第で如何様にも変わる日本の現行法と同じで、前提(結果)ありきのイデオロギーでは安心を生み出す設計図に成りうるわけがない。結果として主体思想は朝鮮労働党が解釈権を握ることで現在に至るが、通説によればマルクスよりフォイエルバッハの考え方を採る立場が支持され、一九九〇年には局面ごとで立場を異にすると宣言されている。
 翌一九九一年の出来事は湾岸戦争、徳仁親王の立太子礼、雲仙普賢岳の大火砕流、ワルシャワ条約機構の解体、韓国と北朝鮮の同時国連加盟、金日成と文鮮明(統一協会)の会談、ソ連の解体などあり、その翌年一九九二年には地球サミット(リオデジャネイロ)が開催され、一九九三年には世界貿易センター爆破事件、江沢民の支那主席就任、北朝鮮ノドン一号の試射、皇太子殿下と雅子妃殿下の御成婚、自民党下野の最後屁の河野(官房長官)談話、五五年体制異変細川政権、エリツィン来日、欧州連合発足などが起きている。そして一九九四年には日本の両院選挙に小選挙区制が導入、ボスニア戦争でセルビア人勢力をNATO軍が空爆、イスラエルとバチカンが国交樹立、元米国大統領カーターと金日成の会談、松本サリン事件、村山内閣発足、金日成死去、エリツィンのナポリサミット参加、村山(社会党)首相が自衛隊合憲の所信表明、関西国際空港開業などがあった。
 七月八日金日成死去の報でナポリに蒼惶とエリツィンが駆けつけるのは、七月一〇日である。理屈は以下ようにも装えようが、訃報発表のタイミングを含めて江沢民と後継者金正日との間に生ずる確執はいくら隠しても隠しきれないのが痕跡というものである。
 さらには、阪神淡路大地震あるいは地下鉄サリン事件など、何れもナポリサミットの後遺症は、狼狽を隠せない村山に休む間もなく襲いかかって政権を投げ出すまで機能障害を続けさせたのである。
 金正日の幼名はユーリ・イルノセビッチ・キムであり、金正日の表記が確認できるのは一九八〇年の第六回党大会からである。ユーリが誕生した年一九四二年に、金日成はハバロフスク近郊のビャックエに設けた北の野営地もしくはウラジオストク近郊オケアンスカヤに設けた南の野営地にいた痕跡がある。ユーリの誕生日とされる二月一六日が確認されないために生じる問題であり、幼年期のときに弟万一を事故で亡くしたユーリ(正一)は内向性に陷るが、中学生になると学級長を務めたり人前に立てるようになる。母は金正淑(一九一七〜四九)で金日成の子五人を産み、北朝鮮では国母とされ「朝鮮民主女性同盟」の初代委員長を務めた経歴もあり、行年三三歳の死は暗殺説を含め不明である。
 氏姓鑑識の立場から言えることは、朝鮮の伝統的命名ルール(行列字)と決定的に違う金正日は日本に強い関心を寄せる性質をもつが、最も嫌う日本人は石橋を叩いても渡らないエリート気取りの役人タイプで、小泉タイプには好意を感じるはずだ。ただし小泉といえど、所詮は官僚機構に弄ばれる一過性にすぎず、結果的に金正日と同じく裸の王様でしかない。
 特段の欺瞞が満ちる北朝鮮の課題は通説の通りであるが、孤独な金正日を利用する労働党と奇妙に通じ合う共通性をもつのが日本の公僕であり、保身という名の無責任は年金の取扱い一つ見れば詳しい説明を要すまい。

◎本書は世界戦略情報「みち」の第二五五号(皇紀二六六七年八月一日号)から第二六八号(皇紀二六六八年三月一五日号)に連載された栗原茂「歴史の闇を禊祓う」を、単行本として改めて編集したものである。

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