修験子栗原茂【其の二十】黒い霧の発端ともなる吹原産業事件(後編)

 二〘吹原、森脇は共謀のうえ、〙

 1、いずれも行使の目的をもって、ほしいままに、

 ⑴、昭和三十九年八月二十八日ころ、吹原産業において、前示吹原の他手決済のため同月三十一日貸付けられた十億円に関し、吹原において、「本日金拾億円也を三菱銀行に拙者名義をもって通知預金に御願い致しましたのは三菱銀行より拙者関係会社の吹原産業が金弐拾億円也の借入れをするに当り拙者が保証の上、来る九月十日自至十五日に借入金弐拾億円也の決定を同行重役及び担当者間に於て協議の上、決定したのでありますから、当通知預金に対しては拙者の全責任で決して御貴殿に御迷惑かけるものではありません。依って本預金証書作成の上は拙者届印の印をなし借入れ提出時まで御貴殿に御届け致します」旨の同年八月二十九日付念書と題する書面一通をタイプ印書して作成し、その末尾作成名義人欄に毛筆で「黒金泰美」と冒書し、その名下に黒金泰美の前記実印を冒捺し、もって同人作成名義の権利義務に関する私文書一通を作成偽造し、

 ⑵、同年九月三日ころ、吹原産業において、右⑴と同様同年八月三十一日の貸付金十億円に関し、吹原において、「本年八月二十九日付拙者の念書により通知預金拾億円也御願い致しました処、三菱銀行より借入の方式が吹原産業を債務者に拙者を保証人とする建前から通知預金は吹原産業名義としましたが、前念書の通り拙者が全責任を持つことを約束して置きます。尚来る拾日には拾億円也、拾五日には拾億円也の融資が決定して居りますので拾日には拾億円也、拾五日には拾億円也貴殿に御届けすることを確約して置きます。依って本日通知預金証書を三菱銀行提出のため、拙者全責任を以て御預り致しましたに就いて右一切異変することはありません」旨の同年九月三日付念書と題する書面一通をタイプ印書して作成し、その末尾作成名義人欄に毛筆で「黒金泰美」と冒書し、その名下に黒金泰美の前記実印を冒捺し、もって同人作成名義の権利義務に関する私文書一通を作成偽造し、

 ⑶、同年十月二十二日ころ、吹原産業において、前記玉田善利名義額面二十億円、大川忠志名義額面十億円の各通知預金証書に関し、かねて森脇において作成していた、「本日大和京橋発行参拾億預手を三菱銀行に振込み通知預金弐拾億円也及び通知預金拾億円也とすることに貴方の了承を得、これが通知預金証及び届出印鑑を貴方に御引渡し致しました。本件通知預金は拾億円也分は来る本年拾月参拾壱日自由に貴方に於て御引出下すって結構であります。尚弐拾億の分は本年拾月参拾日に自由に御引出下すって結構であります」旨記載した念書と題する書面一通に、吹原において、「昭和三十九年十月十九日」と記載し、その作成名義人欄にペンで「黒金泰美」と冒書し、その名下に黒金と刻した有合わせの印鑑を冒捺し、もって黒金泰美作成名義の権利義務に関する私文書一通を作成偽造し、

 ⑷、同年十一月二十日ころ、吹原産業において、前同様前記玉田・大川名義の通知預金証書二通に関し、かねて吹原において黒金泰美の前記実印をその末尾に冒捺していた白紙一枚に、「三菱長原に通知預金し、ある金参拾億円也は本日払出されるとの事でしたが、仝行に対する信用上、来る十一月二十六日迄払出猶予の程願います。同日は再度御願いする様な事はありません」旨タイプ印書して同年十一月二十日付証と題する書面一通を作成し、前記冒捺してあった黒金の印影の上部作成名義人欄にペンで「黒金泰美」と冒書し、もって同人作成名義の権利義務に関する私文書一通を作成偽造し、

 2、昭和四十年三月二十日、前記三菱本店新館三号応接室において、前判示恐喝未遂の犯行に際し森脇において、同行業務第一部長山科元、同副部長岡田功に対し、右1の⑴ないし⑷の偽造にかかる黒金泰美作成名義の私文書四通を、いずれも真正に作成されたもののように装い一括呈示して行使したものである。

 第二節の第四《手形等詐欺関係》の❶「犯行に至るまでの経過」

 森脇は、前示のように、昭和三十八年秋ころから吹原の森脇文庫に対する債務弁済が渋滞し、同三十九年五月中旬の時点において森脇文庫の吹原に対する貸付金残額が森脇の計算によれば三十数億円の巨額に達していたところからこれが回収に苦慮し、そのころ吹原に対する債権を銀行に肩代りさせる企図を抱くとともに、これに併行して、吹原をして上場会社や有名人より手形を騙取させて旧債の弁済に当てさせようと企図し、同年八月十日ころ吹原に対し、「いい手形があれば、銀行で割るといって引き出してくれば、何とかバックと相談する。バックに一部でも旧債に入れるということならいくらでも割ってくれるだろう」ともちかけ、同人をしてこれを了承させた。

 第二節の第四の❷「罪となるべき事実」

 かくて吹原、森脇は、共謀のうえ、吹原において、上場会社、有名人らから、真実は森脇文庫に交付するのに拘わらずこれを秘して、金融機関より融資が受けられるよう斡旋するとの口実のもとに約束手形を引き出したうえ、これを森脇文庫の吹原に対する巨額の債権の元利支払などとして森脇に交付し、森脇は善意の第三者を装って領得するとともに、吹原の資金繰りを容易ならしめようと企て、いずれも吹原において、

 1『朝日土地関係』

 ⑴、昭和三十九年八月下旬ころ、吹原産業において、朝日土地興行(株)常務取締役丹沢利晃および同社代表取締役丹沢善利に対し、その事実や意思も能力もないのに、「自民党池田派の政界実力者の工作によって銀行に数十億の融資枠を持っているが、自分の会社の業態から優良な手形が入手できないため右の融資枠を充分利用できず枠が余っているので、信用の厚い一流会社にこれを利用していただきたい。ついては、貴社の手形を貸していただけたら右の枠で金融が得られるから、半金は銀行利息で二年間貴社に融資し、あとの半金は当方で使わせてもらうことにしたい。当方で使う分に対しては、見返りに支払期日の十日早い当社の手形を差入れ、確実な担保も提供する。銀行の方でも、八億位割引いてやるといっている」などと偽りを述べ、その旨同人らを誤信させたうえ、同月二十七日ころ、吹原産業において、丹沢利晃から朝日土地振出約束手形四通額面合計八億円の交付を受け

 ⑵、同年九月十六日ころ、前同所において、前記丹沢利晃に対し、その事実や意思も能力もないのに、「一億六千五百万円の銀行融資枠が別にできたので、十二月二十日まで同額の手形を貸してもらいたい。見返りに当社の手形を差入れるし、十一月中にでも預手をお渡しして決済する」などと偽りを述べ、その旨同人を誤信させたうえ、即時同所において、同人から朝日土地振出約束手形二通額面合計一億六千五百万円の交付を受け、

 ⑶、同月二十五日ころ、前同所において前記丹沢利晃に対し、その事実や意思も能力もないのに、「九月末の銀行決算期日までに十億円の融資枠を利用しないと折角の権利を失ってしまうのでもっていないから、自分の方のことはいずれそのうちに面倒をみていただくとして、この際右枠を全部貴社に提供するから是非利用願いたい。日時の余裕もないので自分の方で手続きをしてやるから、銀行に差入れ担保として朝日土地の株券と約束手形を持参してもらいたい」などと偽りを述べ、その旨同人を誤信させたうえ、同日同所において、同人から朝日土地保管の同社株式四百万株の株券(時価合計七億二千万円相当)および同社振出約束手形二通額面合計三億六千万円の交付を受け、

 2『東洋精糖関係』

 ⑴、同年十一月初旬ころ、吹原産業において、東洋精糖(株)代表取締役秋山利郎および同社常務取締役松下庄治郎に対し、その事実や意思も能力もないのに、「三和銀行東京支店に十億円位の融資を受けられる枠があるので、担保として相当額の不動産を提供されれば、右の枠を利用して貴社の約束手形により日歩二銭四厘で二年間貴社に融資することに銀行とも話ができた。はじめは吹原産業の枠を利用するが、いずれも貴社の枠をこしらえて、二回目以降は記者が銀行から直接融資を受けられるようにする」などと偽りを述べ、その旨同人らを誤信させたうえ、同月六日ころ、同所において、松下庄治郎から東洋精糖振出約束手形十通額面合計五億円ならびに秋山利郎所有の東京都渋谷区南平台町十二番地の一所在宅地千四百七十三坪二合五勺および同地上建物一棟建坪百七十坪四合の権利証一通ならびに同人名義委任状、印鑑証明書各二通の交付を受け、

 ⑵、同月十日ころ、前同所において、前記松下庄治郎らに対し、その事実や意思も能力もないのに、「三和銀行とは別に、今度黒金官房長官の斡旋によって三菱銀行からも融資を受けられるようになった。それについては、銀行に実績をつくるため貴社の先日付小切手と当社の先日付小切手とを交換し合うことにしたい」などと偽りを述べ、その旨同人らを誤信させたうえ、同日ころ、同所において、同人らから東洋精糖振出小切手二通額面合計二億円の交付を受け、

 3『藤山愛一郎関係』

 ⑴、同月中旬ころ、東京都千代田区永田町二丁目二十九番地ホテルニュージャパン内藤山事務所において、藤山愛一郎および同人秘書土井荘介に対し、その事実や意思も能力もないのに、「自分は政治家や一流銀行幹部と昵懇の間柄にあるので、吹原産業では一流銀行に多額の融資の枠を持っているが、五億でも十億でも貴殿の手形を銀行に差入れておけば、必要な時にすぐ融資が受けられるよう大和銀行か東海銀行に融資の枠を作ってあげる」などと偽りを述べ、その旨同人らを誤信させたうえ、同月十九日ころ、同所において、同人らから藤山愛一郎振出の約束手形五通額面合計五億円の交付を受け、

 ⑵、同年十二月二十六日ころ、前同所において、前同様誤信している藤山愛一郎に対し、引続き融資の枠を保有するため必要があると称して前記約束手形五通の切替を求めるとともに。「いよいよ融資を受けるについては、銀行に対して担保物件を差入れる必要がある」旨さらに申し欺いたうえ、同日ころ、前記吹原産業において、藤山愛一郎から前記土井荘介を介して右藤山所有の東京都港区芝白金今里町十四番の二所在宅地六百五十五坪五合五勺ならびに同区芝白金台町一丁目五十八番地の一宅地六十八坪二合三勺(時価合計一億五千万円相当)の権利証一通および同人名義白紙委任状二通の交付を受け、

 4『間組関係』

 同月上旬ころ、吹原産業において、(株)間組本店営業部副部長兼事業部副部長木原健吉および同社代表取締役神部満之助らに対し、その事実や意思も能力もないのに、「吹原産業では関西の金融機関に多額の借入れ枠を持っているから、貴社の約束手形を担保に入れて吹原産業の単名手形で十億円の融資を受け、十二月二十日までに五億円、来年一月中に五億円を貴社に対し日歩二銭三厘で二年間貸してあげる。右約束手形は銀行から融資を受けるための名目として、釧路の吹原団地造成工事を間組に請け負わせるについて、その前渡金資金に当てる旨仮装するため銀行に差入れるものであり、絶対に他に譲渡するようなことはない」などと偽りを述べ、その旨同人らを誤信させたうえ、同月九日ころ、同所において、木原健吉らから間組振出約束手形七通額面合計十億円の交付を受け、

 5『三愛・市村関係』

 昭和四十年二月上旬ころ、東京都大田区馬込町西四丁目三十三番地(株)リコーおよび吹原産業などにおいて、(株)三愛取締役市村清らに対し、「銀行に数十億円の融資の枠を持っているので、貴社の三億円の約束手形を出せば、銀行金利で同額の融資をしてあげるし、その融資金も約束手形と引換えに現金または銀行の自己宛小切手で渡すが、その際別にさらに三億円の約束手形を預けてもらいたい。この手形は一時預かりとして銀行に保管しておくだけで、絶対に他へ譲渡することはない」などと偽りを述べ、その旨市村清を誤信させたうえ、同月二十日ころ、吹原産業において、同人から(株)リコー経理部長井出克己を介して三愛および市村清共同振出の約束手形三通額面合計三億円、さらに同月二十二日ころ、同所において、右両名共同振出の約束手形三通額面合計三億円の各交付を受けてそれぞれこれを騙取したものである。

 第二節の第五《大和銀行特別背任関係》❶「犯行に至るまでの経緯」

 東郷は、大和京橋の支店長として在職中の昭和三十八年三月、大和銀行の大株主である六車武信の紹介により吹原と知り合った。吹原に大口預金を懇請して同人から同月二十六日に一億円、同年七月二十四日五億円の各通知預金を受け入れ、いずれも短期間であったが当時の同支店の銀行勘定実質預金の平均残高に対する比率が大であったところから、吹原に多大の恩義を感ずるとともに、引き続き大口預金をしてくれるよう依頼していた。その間、東郷は、吹原から料亭で饗応を受けたり、吹原が黒金泰美ら自民党の代議士と親密であるなどと吹聴するのを聞くなどして吹原を信用するに至っていた。ところで、大和銀行では、昭和三十九年一月ころより、各支店に対し預金増加を督励し資金ポジションの改善を要請していたのであるが、京橋支店は主たる得意先の鉄鋼問屋が不況のため預金の伸びが鈍る状況にあり、本支店勘定は赤字が常態(いわゆるオーバー・ローン)となっていた。そのため、東郷は支店長として、木村は支店長代理として、いずれも資金ポジション改善のため預金の獲得増加に日夜腐心していた。

 第二節の第五の❷「罪となるべき事実」

 被告人東郷は、前示のとおり、昭和三十七年六月二十八日より同三十九年十月八日ころまで、東京都中央区西八丁堀四丁目二番地大和銀行京橋支店の支店長として同支店の業務全般を統括主宰していたもの、被告人木村は同三十七年七月二十一日より同三十九年十月八日ころまで、同支店の支店長代理として勤務していたものであるが、東郷は、支店長として自己宛小切手を振出すについては、同銀行の当座勘定事務取扱手続の規定により、顧客から現金あるいは直ちに現金支払のできる自店渡小切手を受領するか、または既に資金化された他勘定科目から当座預金勘定自己宛口に顧客の預金を振替えたうえ、自己宛小切手を振出すべき任務を有していたものであるところ、

 1,東郷は、昭和三十九年五月二十六日、前示のように森脇文庫に対する巨額の債務負担のため資金繰りに窮していた吹原より吹原産業振出の他店渡小切手と交換に同支店振出、額面五億円の自己宛小切手の振出方を懇請されるや、この懇請を容れておけば、吹原から多額の預金をしてもらえるとの期待からその懇請に応じ、ここに両名共謀のうえ、右吹原産業振出の他店渡小切手と自己宛小切手とを交換することにより、同銀行に対し同額の損害を加える危険のあることを認識しながら、東郷の前記任務に背き、吹原の利益を図る目的をもって、右同日、前記吹原産業において、東郷より吹原に対し、同支店振出、額面五億円の自己宛小切手一通を吹原産業振出、額面十億円の三和銀行東京支店宛の小切手一通と引き換えに交付し、もって大和銀行に対し五億円の損害発生の危険を負担させたほか、同年六月四日より同年八月三日までの間、前後四回にわたり、右同所において、別紙第二犯罪一覧表記載のとおり、東郷より吹原に対し、同支店振出の自己宛小切手四通、額面合計十四億七百万円を、吹原産業振出の他店渡小切手と引換えに交付し、よって同銀行に対し同額の損害発生の危険を負担させ、もって財産上の損害を加え、

 2,東郷、木村の両名は、同年八月五日、吹原より吹原産業振出の他店渡小切手と交換に、右京橋支店振出、額面四千万円の自己宛小切手の振出方を懇請されるや、前同様の期待のもとにこれに応じ、ここに三名共謀のうえ、前同様同銀行に対し同額の損害を加える危険のあることを認識しながら、東郷の前記任務に背き、吹原の利益を図る目的をもって、右同日、吹原産業において、東郷、木村より吹原に対し、同支店振出、額面四千万円の自己宛小切手一通を、吹原産業振出、三和東京宛の小切手一通と引換えに交付し、もって大和銀行に対し同額の財産上の損害発生の危険を負担させたほか、同年八月六日より同年十月三十日までの間、前後三十五回にわたり、右同所において、別紙第二犯罪一覧表記載のとおり、前同様、東郷、木村より吹原に対し、右京橋支店振出の自己宛小切手六十一通、額面合計二百八十億七千万円を、吹原産業振出の他店渡小切手と引換えに交付し、よって同銀行に対し同額の損害発生の危険を負担させ、もって財産上の損害を加えたものである。

 第二節の第六《伊藤忠詐欺関係》の❶「犯行に至るまでの経過」

 吹原は、昭和三十七年三月ころ、伊藤忠東京支社の営業部員で同社の新規取引先の開拓に当っていた武藤克治を知り、同人に対し、「自分の経営する北海林産は木材の商売で大儲けをしているので、伊藤忠と商取引してもよい」などと吹聴し、同年五月ころ、伊藤忠が北海林産との商取引を検討していることを知るや、事業拡張資金に窮していたところから、伊藤忠より商取引名下に手形を騙取して資金を捻出しようと考えた。

 そこで吹原は、そのころから同年六月上旬ころまでの間、武藤や伊藤忠東京支社財務部資金課長北川清らに対し、「自分は自民党の黒金泰美代議士と懇意で、大平正芳らの政治家も知っており、同党の資金の運用も委されているから、その資金を商取引に当ててもよい」などと偽り、さらに、「伊藤忠がスクラップ・非鉄金属・電極の三種類の商品をメーカーから手形で買って北海林産に現金で売り、再びそれを手形で買戻して販売ルートに乗せるという方法で五・六億融資しよう」などと虚言を弄して同人らを信用させ、同月十日ころ両社の間に右取引に関する契約を成立させるに至ったものの、伊藤忠側がその履行を躊躇したため、商取引名下に手形を騙取することはできなかった。

 そのため吹原は、直接自民党の資金を北海林産から伊藤忠に融資するとの口実を用いて手形を騙取しようとその企図を変え、同年六月中旬ころ、北川に対し、「商取引形式をとるよりも、自民党資金を現金で貸すという一番簡単な方法をとろう。自分が保管し運用を委されている自民党の資金から十億円を貸してもよい。六月末、七月五日、七月十日の三回位に分けて、三億、三億、四億を北海林産から融資しよう。金利は二銭四厘で期間はいちおう二年ということにし、融資金は右金額に見合う伊藤忠の約束手形と引換えに、三菱銀座の預手で渡す。ただし、金貸しと思われたくないので、伊藤忠の手形には端数をつけて商業手形のようにし、期限は百二十日か百五十日にしてもらいたい。手形はよそに廻さずに書替えて二年間にわたって融資する」旨虚言を申し向けた。北川は吹原の言を信じたものの、融資期間が二年であるのに短期の手形を渡すのでは、万一割引かれたり自民党資金の運用の一環に組入れられるようなことになりはしないかとの不安を覚え、短期の手形を出すのを渋った。

 第二節の第六の❷「罪となるべき事実」

 吹原は、右のような北川の態度から短期の手形を騙取するのはむずかしいと感じ、手形よりむしろ担保差入名下に株券を騙取しようと再び企図を変えた。

 そこで吹原は、伊藤忠に対し、株券は銀行に保護預けにすると偽り、実際には他の物件の保護預かり証を渡し安心させて株券を騙取しようと考え、同年六月二十日ころ、東京都中央区銀座五丁目五番地所在の前記北海林産において、北川に対し、前示のとおり真実は自民党資金の保管、運用を委託されておらず、自己の資金繰りに流用する意図であるのにこれを秘し、自民党の資金のうちから十億円を三回に分けて融資する旨の前記虚言をそのまま維持して、「二年の約束手形でよいが、そのような約束手形だけで金を出すことは党の資金の運用が杜撰だとの非難を受けるおそれがある。それで党に対する手前、確実な方法で運用しているという体裁を整えたいので、融資に先立って伊藤忠が持っている株券を形式的に担保に入れて欲しい。株券は三菱銀座に保護預けにして預り証をお渡しする。なお党の資金を運用するということを銀行に知られたくないので、漠然とした形にして封緘した包で預けるという方法をとりたい」などと言葉巧みに虚言を弄した。北川は短期の手形でなくてよいといわれ、しかも担保に入れる株券は銀行に保護預けにされるので第三者に渡るおそれはないと判断し、伊藤忠財務部長増田猛夫ら上司にはかり、同社では当時金融事情が逼迫し資金繰りに苦慮していたこともあって、吹原の言をそのまま信用し、その申し出に応ずることになり、同月二十二日、北海林産と伊藤忠との間に、同日付契約書を取り交わした。

 かくて吹原は、同月二十七日午前中、すり替え用の保護預り証を入手しておくために、予め北川に確かめておいた株券の嵩に見合う紙包み二個を銀座八丁目一番地所在の三菱銀座支店に持参して保護預けにし、その預り証を受取って手筈を整えたうえ、北川に連絡し、同日午後二時ころ、北川をして別紙第三騙取株券明細表記載の芝浦製糖(株)ほか十三社の株式合計七百五十万株(時価約十三億円相当)分の株券を前記北海林産に持参させ、これを二包みにして封印させ、北川とともに右二包の株券を携えて前記三菱銀座支店に赴き、そのころ、同支店において、北川から右七百五十万株分の株券を、あたかも同支店に保護預けにするかのように装って受取り、もってこれを騙取したものである。

 第二節の第七《平和相互銀行に対する私文書・有価証券偽造・同行使、詐欺関係》の❶「犯行に至るまでの経過」

 吹原は、昭和三十八年三月ころから同三十九年十一月ころまでの間、(株)平和相互銀行本店営業部等に各種の預金をし、大口預金者としての信用を得ていたところ、当時(株)長谷川工務店に対する工事代金の支払や、森脇文庫に対する債務の弁済に追われていたところから、前示のように、森脇から大川忠志名義十億円の通知預金証書の返還を受けたのを奇貨とし、これを担保に平和相銀から融資金名下に金員を騙取しようと考えた。

 第二節の第七の❷「罪となるべき事実」

 吹原は、右大川忠志名義の十億円の通知預金証書を担保としたうえ、自民党代議士黒金泰美の代理人を装い、同人作成名義の文書・有価証券を偽造、行使することによって同党の資金借入名下に平和相銀から金員を騙取しようと企て、

 1,昭和三十九年十二月十八日ころ、前記吹原産業において、いずれも行使の目的をもって、ほしいままに、

 ⑴、平和相銀所定の同行宛融資申込書と題する書面に、同行行員において種別手貸、申込金額二億円、希望日十二月十九日、返済方法現金一括返済と各記入した用紙一枚を使用し、申込者の住所欄に情を知らない吹原産業経理部長伊藤三郎をして黒ボールペンで「東京都世田谷区下馬町二の五二」と記載させ、その氏名欄に自ら毛筆を用いて「黒金泰美」と冒書し、

 ⑵、平和相銀所定の同行宛債務弁済契約公正証書作成委任状と題する書面に、同行行員において、主債務者黒金泰美が吹原弘宣を連帯保証人として同年十二月十九日債権者平和相銀との間に締結した元金二億円、弁済期日同月二十八日、利息日歩二銭八厘とする消費貸借契約による元金の弁済に関し同行に対し本委任状記載の各条項を誠実に履践することを約定することその他の事項について、公正証書作成に関する一切の権限を同月十九日をもって委任する旨記載ずみの用紙一枚を使用し、主債務者住所欄に情を知らない前記伊藤三郎をして前同様黒金の住所を記入させ、その氏名欄に自ら毛筆を用いて「黒金泰美」と冒書し、

 ⑶、情を知らない吹原産業社員をして有合わせの白紙二枚に、「昭和三十九年寿二月十九日付債務弁済契約公正証書に基づき同日債務者黒金泰美が債権者平和相銀より金二億円也を借入れるにつき、三菱長原発行額面拾億円の大川忠志名義通知預金証書を担保として貴行に本日差入れるが、三菱銀行に対し質権設定の手続を省略し、私が右証書裏面に領収印を押捺したうえ貴行においてこれを別紙担保差入証と共に右債権の担保として占有するに止められたく、ついては私において別紙担保差入証の各条項を遵守することは勿論、貴行において右条項に基き通知預金の払戻しその他担保権の行使をされることに何ら異議なく、本件については如何なる場合も一切私において処理し、貴行にいささかの負担も負わしめないことを誓約する」旨の平和相銀本店営業部長宛同日付念書と題する書面一通をタイプ印書させ、その本文末尾作成名義人欄に、情を知らない前記伊藤三郎をして前同様黒金の住所を記入させ、自ら毛筆を用いて「黒金泰美」と冒書し、

 ⑷、平和相銀所定の同行宛担保差入証と題して担保差入れに関する諸条項を記載した書面に同行行員において作成日付を昭和三十九年十二月十九日と記載ずみの用紙一枚を使用し、その債務者兼担保提供者氏名欄に毛筆を用いて「黒金泰美」と冒書し、

 ⑸、名宛人欄に平和相互銀行と記入ずみの同行備付けの約束手形用紙一枚を使用し、情を知らない前記伊藤三郎をして、黒ボールペンで支払期日を「三九年一二月二八日」、支払場所を「三菱銀行」、振出地を「東京都世田谷区」、振出日を「三九年一二月一九日」、振出人住所を「東京都世田谷区下馬町二の五二」と各記載させ、かつ情を知らない吹原産業社員松山敏子をしてその金額欄にチェックライターで、「弐億円也」と印字させ、自ら毛筆を用いて振出人欄に「黒金泰美」と冒書したうえ、黒金泰美の妻黒金美より電話架設手続等の代行を口実として預っていた「黒金」と刻した角印を右⑴ないし⑸の書面五通の黒金泰美の名下および捨印部分など所要箇所にそれぞれ冒捺したのち、右印鑑が黒金泰美の実印と相違していたため、翌十九日ころ前記吹原産業において、右同様の口実で黒金美から預った「黒金」と刻した前記角型の実印を右五通の同箇所に合わせてそれぞれ冒捺し、

 ⑹、同月十九日、東京都中央区銀座西四丁目一番地平和相銀本店営業部において、同行所定の受領証用紙一枚を使用し、情を知らない前記伊藤三郎をして受領月日欄に「39・12・19」、手取り金額欄に「¥200,000,000円」、受領者氏名欄に「黒金泰美」とそれぞれペンで記載させ、その名下に前記「黒金」と刻した角型実印を冒捺させ、もって、以上の黒金泰美作成名義の権利義務に関する私文書五通および同人振出名義額面二億円の有価証券一通を順次作成偽造し、

 2,同年十二月十八日ころ、前記吹原産業および平和相銀本店営業部において、本店審査部次長稲井田隆、貸付第二課長岡崎寅雄らに対し、その事実や意思もなく、かつ前記通知預金証書が資金の裏づけなく無効であることを秘して、「自民党代議士の黒金泰美が同党のために三菱銀行から二億円を借りて政治資金に使ったところ、同行宇佐美頭取が日銀総裁になったため、一旦右二億円を返済して整理する必要が生じたのだが、右二億円は一旦返済すれば一週間位ですぐまた借りられることになっているので、その間だけ黒金に短期で二億円を貸してもらいたい。担保としては三菱長原の十億円の大川忠志名義通知預金を差入れる。ただし、この十億円は自民党の裏預金で黒金が保管責任者であるが、質権設定のためには自民党各派長老の了解を得るのに時間もかかるし、黒金は党に内緒で二億円を借りたいと言って自分に一切を委されたから、証書を預けるだけにして、三菱にも黒金にも連絡しないで手続をしてくれ。質権を設定しないのが心配だろうから、担保差入れに関する黒金の念書も差入れる」などと偽りを述べるとともに、同月十九日、前記平和相銀本店営業部において、前記稲井田隆、岡崎寅雄らに対し、前記偽造にかかる黒金泰美名義私文書五通および約束手形一通を、いずれも真正に作成されたもののように装って一括交付して行使し、その旨同人らを誤信させ、よって即時同所において、稲井田隆、岡崎寅雄らから前記伊藤三郎を介して黒金泰美に対する融資金名下に、平和相銀振出日本銀行宛額面二億円の小切手一通の交付を受けてこれを騙取したものである。

 以上「いわゆる吹原事件」の主文の理由のコピーであるが、次の第三節は「いわゆる大橋事件」で両事件の共謀者とされる森脇将光こそ主犯と目され、決定的ダメージは脱税および高金利違反の第四節で法制上の決着を見ることになる。

 そのため、ここで一息つかせてもらうとする。

 以後コピーは第三節で終え、第四節を省略するが、本事件に潜んだ残滓は現在に至るも、その二重らせん構造を描くように続けられている。それがコピーの間に一息いれる事由というしだいである。

 読者の気持ちをおもんぱかると「読むのもメンドクサイ」言い回しばかり、判事と検事と弁護士で成る法曹三業の領域は「閉じられた空間」ゆえ、彼らなりの利権にしがみつくため案じた公用語には仕方ない理由があるのかも…(当時法曹界のドンは私の所見に肯綮を示してくれた)。

 戦後七十六年目の今ただ中を鑑識する場合には、それ相応の「ものさし」を必要とするが、地球の生命体は常に不安定な状況下に置かれた営みを続けなければならない。そうした環境下の人間生活を揺さぶる感情は喜怒哀楽に代表されるが、利己欲に偏れば他に迷惑を及ぼすことになり、その真逆に偏ると物理的な損害を覚悟する必要が生じてくる。しかし、偏向を止めるのは容易なことではない。

 俗世は「似た者同士が寄り合う場」であり、騙す側も編まされる側も、利己欲に駆られた寄り合い場の住人たちである。問題は利己欲をコントロールし得る精神力を持ち合わせるか否かであり、その精神力強化の場が戦略思想研究所に係る皆さんでつくる場ではないだろうか。

 私が念じている「統一場の理論」が生まれる場こそ「競わず、争わず」の場と確信している。

 その試金石に相応しい事案として、私は本事案を採録しているのである。

(続く)

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