【必読】スターリンが代弁していた米ソ「インチキ」体制の始まり

こんにちは。
戦略思想研究所 中森です。

緊急オンラインセミナー『NATO再編の伏線』にご参加になった方にはお伝えしていますが、令和8年7月1日付、私は『仲小路彰著述総目録・年譜』編纂委員会事務局次長に就任することとなりました。

仲小路彰によって遺された膨大な資料は2万点をくだらないとお伺いしていることもあり、目前の資料調査に奮闘しているところです。

事務局次長として何を成し得るのか、先人の指導と助言を頂きつつ、自ら任務を構築している段階であり、それらが軌道にのるまでの間、ツラン論考の更新をお待たせしてしまうことになります。

ツラン論考を楽しみにされている方々には申し訳ない気持ちでいっぱいですが、資料調査と並行して、あなたの役に立つ重要な情報を可能な範囲で共有してまいりますので、今後の記事の更新を楽しみにお待ちくださいませ。

早速ですが、今回共有する情報は極めて重大

チャーチルのフルトン演説(鉄のカーテン演説)に対するスターリンの批判。

画像
出典:https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=17115448

ズバリ、スターリンが米ソ「インチキ」体制の始まりを代弁していたのです。

「代弁していた」と断言するも、それは私の自負に過ぎません。

しかしながら、仲小路彰著書に掲載された「スターリンのチャーチル批判」をお読み頂ければ、米ソ「インチキ」体制をスターリンが丁寧に解説していることに気づくはずです。

それでは、昭和34年5月27日、ロシア大革命史刊行会名義で発行された『ロシア大革命史 第11巻』より引用します。

■チャーチルのフルトン演説について
三月十三日、スターリンは、過日アメリカのフルトン大学に於て行ったチャーチルの反ソ演説がソ連国内で大きい反響をよびつつあるとき、プラウダ記者を引見し、チャーチル演説を痛烈に非難した。さきにチャーチルの演説につき、ソ連は不気味な沈黙をつづけていたが、俄然、プラウダ紙の社説を先頭にソ連の世論はわきあがった。
十二日のイズヴェスチア紙は、ソ連の歴史学の権威タレル教授を出してチャーチル攻撃をなさしめた。十三日の「少年プラウダ」も、「仮面をぬいだチャーチル」と題する論文をかかげ、ソ連の少年にまで反チャーチルを徹底せしめんとするのであった。
チャーチルの演説について出されたいくつかの質問を説明するようにもとめた「プラウダ」紙の一通信員にたいして、スターリンはもとめられた説明をあたえたが、それをつぎに問答の形式でかかげる。
問:
チャーチル氏がアメリカ合衆国でのべた最近の演説を、どう判断しますか。
答:
私は、この演説は連合国内に不和の種をまき、協力をいっそう困難にすることをめざした危険な行為であると考える。
問:
チャーチル氏の演説は、平和と世界の安全をあやうくするものと考えてよいでしょうか。
答:
たしかにそうである。チャーチル氏は現在、戦争製造者の立場に身をおいている。しかし、彼はそこに一人でいるわけではない。イギリスだけではなく、おなじくアメリカ合衆国にも彼の友人がいる。この点でチャーチル氏とその友人は、ふしぎなほど、ヒトラーとその友人をおもわせることを言っておかなければならない。ヒトラーは人種理論の宣言によって戦争準備をはじめた。この理論によると、ドイツ語を話す人間だけが完全な意味での「真の」民族なのである。
チャーチル氏もおなじように人種理論によって戦争準備をはじめていて、英語を話す民族だけが、完全な意味で、全世界の運命をみちびく使命をおっていると主張している。
ドイツの人種理論は、ヒトラーとその友人を、ドイツ人が、ただ一つの「真の」民族であるのだから、その他の民族を統合しなければならないという結論にみちびいた。かくするならば、それによってイギリスの人種理論は、チャーチル氏とその友人を、英語を話す民族だけが「真の」民族であるのだから、世界のその他の民族を統合しなければならないという結論にみちびくものである。
実際に、チャーチル氏と、イギリスおよびアメリカ合衆国にいる友人たちは、英語を話さない諸民族に、一種の最後通牒のようなものを出している「自発的にわれわれの支配をみとめたまえ、そうすれば万事よろしい。反対のばあいには戦争は不可避である」と。
しかしながら、諸民族がおそろしい戦争の五年をつうじて彼らの血をながしたのは、ヒトラーの支配をやめてチャーチルの支配にかえるためではなかった。だから、英語を話さないが地球上の人口の圧倒的多数をしめている諸民族が、あらたな奴隷状態への復帰をうけいれないということは、まったくありそうなことである。チャーチル氏の悲劇は、頑くなな「トーリ」(保守党員)である彼が、この単純明白な真理を理解していないという事実にある。
チャーチル氏のとっている立場が、戦争にみちびく立場であり、ソ同盟にたいする戦争の呼びかけであることに、なんのうたがいもない。チャーチル氏のこの立場が、現在英ソ両国の間にある同盟条約と両立しないことも明らかである。聴衆を混乱させるために、彼がついでまでに、イギリス=ソヴェート間の相互援助および協力条約を五〇年間延期することは容易であろうと声明したことは事実である。しかし、チャーチル氏のこのような声明を、ソ同盟にたいする戦争へとみちびく彼の立場、ソ同盟との戦争を説教する彼の立場と、どうして調和させることができようか。このような事実が絶対に両立しないことは明らかである。チャーチル氏がソ同盟にたいする戦争をうながしながら、しかもイギリス=ソヴェート条約を延期することができ、その期間を五〇年にしようと考えて考えているとすれば、それは彼がこの条約を彼の反ソ的立場をおおいかくす役にたつだけの、とるにたらぬ紙切れとみなしていることをしめすものである。イギリス=ソヴェート条約を五〇年以上に延期しようというイギリスのチャーチル氏の友人たちのいつわりの声明を、人々がまじめに考えたがらないのは、このためである。当事者の一方が条約にそむいて、これを無意味な紙切れにかえるならば、条約の延期はなんの役にもたたない。

■ソ同盟と東欧諸国との関係について
問:
チャーチル氏の演説のうち、彼がソ同盟の近隣のヨーロッパ諸国家の民主主義体制を攻撃し、これらの国歌とソ同盟のあいだにうちたてられている善隣関係を批判している部分をどう考えますか。
答:
チャーチル氏の演説のこの部分は、誹謗の要素と粗野と、無作法の要素との混合である。チャーチル氏は、「ワルソウ、ベルリン、プラーハ、ウィーン、ブタペスト、ベルグラード、ブカレスト、ソフィアなど、名だかいこれらの都市と、その近郊の住民は、ソヴェート区域にあり、それがみないろいろの形でモスクワの管理をうけている」と断言している。チャーチル氏はすべてこうしたことをソ同盟の際限のない「膨張主義の傾向」と特徴づけている。
チャーチル氏が無礼にも、また恥しらずにも、モスクワならびに右に問題となったソ同盟近隣の諸国家を誹謗していることを立証するには、たいして骨をおる必要はない。
第一に、ウィーンとベルリンには四大国代表者からなる連合国管理委員会がおなじく存在し、そこではソ同盟は四分の一の発言権しかないのであるから、これをソ同盟が排他的に管理しているのはまったくばかげている。誹謗するほかになにもできないという人間もありうるが、それにしても度をこすべきではない。
第二に、つぎの事情をわすれてはならない。すなわち、ドイツ人はフィンランド、ポーランド、ルーマニア、ブルガリア、ハンガリアをつうじてソ同盟を侵略したのである。
これらの国には、その当時、ソ同盟を敵視する政府が存在したからこそ、ドイツ人はこれらの国をつうじてその侵略をおこなうことができたのである。
ドイツの侵略の結果として、ソ同盟は、ドイツ人との戦闘で、占領をつうじて、またソヴェート人をドイツの監獄におくりこんだことによって、とりかえしのつかぬおよそ一七〇〇万人の人をうしなった。いいかえれば、ソ同盟の損失は、イギリスとアメリカ合衆国の損害をあわせたものを何倍か凌駕している。
ある方面では、ヒトラーのくびきからヨーロッパの解放を可能にしたソ同盟国民の巨大な損失をわすれたがっているのもありそうなことである。しかし、ソ同盟はその損失をわすれるわけにいかない。ソ同盟が将来におけるその安全保障をのぞんで、これらの国がソ同盟に誠実な態度をとる政府をもつように事実に、いったいどんなおどろくべきことがあるのか、ききたいものである。常識をもっている人なら、どうしてソ同盟の平和な意図を、わが国家の膨張主義的傾向とみなすことができるであろうか。
チャーチル氏は、さらにすすんで、「ロシア人の支配下にあるポーランド政府は、ドイツにたいして法外な不当な要求をもちだすようにはげまされている」と断言している。これらの言葉の一つ一つが、無礼で人を侮辱した誹謗である。
現在の民主的ポーランドはすぐれた人々によって指導されている。彼らは、自分たちの先行者がなしえたよりももっとよくその祖国の利益と尊厳をまもりうることを、その行動によってしめしている。チャーチル氏は、今日のポーランドの指導者が、自国をどこかある外国の代表者に「支配」されてだまっていられると断言するのに、どんな理由をあげることができるのであろうか。「ロシア人」にたいするチャーチル氏の誹謗は、ポーランドとソ連同盟の関係に不和の種をまこうという意図によっておこなわれたのではあるまいか。
チャーチル氏は、ポーランドがその政策のうえで転換をおこなって、ソ同盟との友好と同盟を支持するようになったことに満足しないのである。ポーランドとソ同盟の関係に不和と矛盾が支配的であった時代があった。このことは、チャーチル氏のたぐいの政治家に、この矛盾を利用し、ロシアにたいして保護するという口実のもとにポーランドに干渉をはかり、ソ同盟とポーランドの戦争というおばけをもちだしてさわがせ、仲裁者の地位をたもつ可能性をあたえるのである。
だが、この時代はすぎてしまった。なぜなら、ポーランドとロシアの敵対はポーランドとソヴェートの友好に場所をゆずったからである。今日のポーランドは民主的であり、もはや外国人のなすままの「風船玉」であることを欲しない。チャーチル氏をいらだたせ、ポーランドにたいする無礼で無作法な行動におしやったのは、まさにこの事情であるようにおもわれる。考えてもほしい。彼が他人の金で儲けをするのをゆるしてよいものか・・・・・・。
むかしドイツがポーランドからとった地域をとりもどしたために生じたポーランド西部国境の拡大について、チャーチル氏がソヴェート同盟を攻撃しているが、その点ではチャーチル氏は明らかにごまかしをしているようである。
だれでも知っているように、ポーランド西部国境に関する決定は、ポーランドの要求にもとづいてベルリンの三大国会議で採択された。ソ同盟はこの要求が正当であり公平であると考えると、何度も声明した。チャーチル氏がこの決定に満足してないのは、まったくありそうなことである。だが、チャーチル氏は、この問題におけるロシア人の立場にはばかりもなく弓をひき、この決定がベルリン会議で一致しておこなわれ、ロシア人だけでなく、おなじくイギリス人、アメリカ人も賛成投票をした事実を聴衆にかくているのはなぜであろうか。なぜチャーチル氏は聴衆をあやまらせる必要があるのだろうか。

■東欧における共産党の影響について
チャーチル氏はさらにすすんで、「東ヨーロッパ諸国では、共産党はひじょうによわかったのに、これらの党はその党員数をはるかにこえる異常な勢力をおさめ、いたるところに全体主義的統制を樹立しようとつとめている」。「またこれらのほとんどすべての国に警察政府が支配し、チェコスロヴァキアをのぞき、現在、すこしも真の民主主義は存在しない」と断言している。
だれでも知っているように、イギリスでは、一つの党すなわち労働党が単独で国家を支配し、ほかの反対党はイギリス政府に参加する権利を奪われている。チャーチル氏によると、これが真の民主主義精神とよばれるのである。ポーランド、ルーマニア、ユーゴスラビア、ブルガリア、ハンガリアでは、統治しているのはいくつかの党のブロック、四つから六つまでの党のブロックであって、反対党もだいたい忠誠であるならば政府に参加する権利が保障されている。チャーチル氏によると、これが全体主義、圧制、警察的独裁とよばれるのである。なぜであろうか、どんな理由によってであろうか。チャーチル氏の返事を待つことはない。チャーチル氏は、全体主義、圧制、警察的独裁にかんするそうぞうしい演説をしたことによって、どんなにこっけいな破目におちいっているかがわからないのである。
チャーチル氏は、ポーランドがソスノフスキーとアンデルスにより、ユーゴスラヴィアがミハイロヴィチとパヴェリッチにより、ルーマニアがスティルベイ公とラデスクにより、ハンガリアとオーストリアがだれでもよいからハプスブルグ家の王によって支配されることをのぞんでいる。彼は、これらのファシストの収監所の諸君が「真に民主的な秩序」を保障しうるということを、われわれにおもいこませたいのである。これがチャーチル氏の「民主的精神」である。
チャーチル氏が東ヨーロッパの諸共産党の影響力の増大したと言うのは、真理からかけはなれているわけではない。しかし、全然正確とばかりはいえないといっておくべきであろう。共産党の影響は、東ヨーロッパだけでなく、これまでファシズムが支配していたすべての国(イタリア、ドイツ、ハンガリア、ブルガリア、ルーマニア、フィンランド)またはドイツ、イタリアまたはハンガリアの占領がおこなわれていた諸国(フランス、ベルギー、オランダ、ノルウェー、デンマーク、ポーランド、チェコスロヴァキア、ギリシア、ソ同盟その他・・・・・・)でさえも増大した。
共産主義者の影響力の増大は、偶然の事実とみとめるわけにいかないのであって、まったく合法則的な現象とみとめるべきである。共産主義者の影響力が増大したのは、ヨーロッパにおける、ファシスト支配の困難な時期をつうじて、共産主義が、ファシスト支配に反対し、諸国民の自由のためにたたかう、信頼しうる、大胆な、献身的な闘志たることをしめしたからである。

■「貧しき人々」のために
チャーチル氏は演説のなかでしばしば「ささやかな家に住むまずしい人々」によびかけている。彼はもったいぶって彼らの肩を友だちらしくたたき、わが友とよんでいる。だがこの人々は一目で信じるほどお人よしではない。この「まずしい人々」には、彼らなりの見地、政策があり、みずからをまもることができる。
イギリスでチャーチル氏とその党をうちやぶり、労働党に投票したのは、彼ら何百万という「まずしい人々」である。
ヨーロッパで反動派とファシズムとの協力に賛成するものを孤立させ、左翼の民主主義諸党をえらんだのは、彼ら何百万という「まずしい人々」である。
ヨーロッパで共産主義者の影響力が増大したのはこのためである。これが、歴史的発展の法則である。
もとよりチャーチル氏は、このような事態の発展に満足しない。そして、警鐘をならし、暴力にうったえようとする。
だが、チャーチル氏は第一次世界大戦後、ソヴェート制度の出現に満足しなかっただけではない。その当時もおなじように警鐘をならし、歴史の車輪を逆にまわそうとくわだてて、ロシアにたいする「一四カ国」の軍事的遠征を組織した。だが、歴史はチャーチル氏の干渉よりもずっとつよいことがわかり、チャーチル氏のドン・キホーテぶりはその当時完全な失敗におわった。
私は、チャーチル氏とその友人達が第二次世界戦争後に「東ヨーロッパ」にたいする新しい軍事的遠征を組織するのに成功するかどうかしらない。しかし、かりに成功するとしても、もっとも何百万という「まずしい人々」が平和の大業をまもるため警備についているから、あまり成功しそうではないが、チャーチル氏とその友人たちは、二六年のむかしうちやぶられたのとおなじように、うちやぶられるだろうと断言することができる。

出典:ロシア大革命史刊行会発行『ロシア大革命史 第11巻』

引用文がやや長いため、私の所見は手短に済ませます。

はじめに、スターリンが「あらたな奴隷状態」という表現をしている点。
修験子が自負するところの「姿を変えた戦後の奴隷制と植民地化」に通じます。

次に、チャーチルはフルトン演説で、英ソ間二十年間相互援助協定(1942.5.26)について「ベヴィン外相(アトリー労働党内閣の外相)の意見に同意し、我々にとってはこれが50年条約になってもよい」と述べていることに対し、スターリンは「この条約を彼の反ソ的立場をおおいかくす役にたつだけの、とるにたらぬ紙切れとみなしている」と非難している点。
これは、1942年の50年後、1992年を目処に「インチキ」体制を続けることを示唆しています。

さらに、ロシアにたいする「一四カ国」の軍事的遠征に関する点。
1918〜1922年の「シベリア出兵と対ソ干渉戦争」を指していますが、シベリア出兵に関して、仲小路彰関連文献より、極めて重大な情報を共有します。

仲小路彰の命により、陸軍中将中岡彌高がシベリア出兵の概況を調査し、仲小路本人に報告するものです。

画像

出典:https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=196466861

日付は昭和16年7月11日、即ち対米開戦前。シベリア出兵は「成功であったとは言えない」という結論に始まり、最後は以下のとおり締め括られます。

シベリヤ出兵以後、国際聯盟が手を換へ品を變へて日本を攻撃してゐたが、満洲事變が起り、支那事變が起つて到頭比の世界戦争が始まつて来て居る。此の経過をずっと見て居ると愈々私は、国際秘密力と云ふものが一つの組織を持つて活動して居る、これを片付けない限りはどうしても此の世の中は穏やかにならないと信ずるやうになつて来たのであります。国際秘密力と日本との戦は最早百年も継続して来ましたが、今や愈々八紘為宇の御光に魑魅魍魎を退散さすべき秋が来たと思はれます。

1941年時点にて「国際秘密力と日本との戦は最早百年」。単純に差し引いて、1841年の仁孝天皇の御代から日本は国際秘密力と戦っていることになります。

スターリンはチャーチルをドン・キホーテと見なしていますが、おそらくチャーチル自身を無謀と評しているのではなく、スターリンが「歴史」と称する国際秘密力の存在を示唆しているのであり、その正体はユダヤだけではないと思われます。

国際秘密力とはその名のとおり「歴史」に潜在する勢力であり、関連して、スターリンも頻繁に引き合いに出しているヒトラーに潜在する遺伝情報について、鮎川義介が興味深い指摘をしています。

画像
出典:https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=3598775

仲小路彰著述の文献ではありませんが、昭和40年1月日本経済新聞連載『私(鮎川義介)の履歴書』より引用します。ドイツの総統官邸にて、鮎川義介がヒトラーと面会した時の回想です。

いま、ここに総統との対話を要約してみよう。

鮎川:
大豆を分けてほしいというところが多すぎて、割り当てに当惑している。総統のさしずを受けたい。

ヒトラー:
そんなことは取りあうに及ばない。それよりこっちの話を聞きなさい。第一に経済と政治の問題だが、経済が政治をリードするという世間の通念は間違っている。政治が経済をリードするのだ。大豆や油脂のことでも政治で解決できる。今ドイツは戦備が第一だ。大豆の見返りに機械を外に出す余裕はない。第二にドイツは君も見てわかったろうが、何でも日本より進んでいる。しかし、ただ一つ絶対に日本にかなわない点がある。

鮎川:
それはなんですか。

ヒトラー:
国体すなわち天皇制だ。あれは一世一代ではできっこない。うまくいっても五百年の時を要する。これはどこの国でもまねることができない日本の至宝だ。日本民族は永遠にこれを守りつづけることだ。

総統官邸を辞去した私は、思った。「彼はみなのほしがっている豆はいらんといった。そうして天皇制の価値を認識している。ただのドイツ人ではなかろう。東洋人の血が流れているぞ」と。

出典:昭和40年1月日本経済新聞連載『私(鮎川義介)の履歴書』

「ヴァチカンが黒シャツ隊(ファシスト党)をつくり、黒シャツ隊が褐色シャツ隊(ナチス)をつくった」とは修験子から教わるところですが、「歴史」に潜在する「国際的秘密」とは、米ソ「インチキ」体制よりも格段に深いところにあるのでしょう。

そうなれば、「ヒトラーの人種理論」も格段に深い層にその真意があるのかもしれません。

以上、仲小路彰著書に掲載された「スターリンのフルトン演説批判」の共有となります。

そのまま読めば、ただのチャーチルに対する痛烈な批判に過ぎません。

されど、その前にフルトン演説(鉄のカーテン演説)をよくよく読めば、「1992年まで協力・相互援助条約(インチキ体制)をつづけようじゃないか」とのチャーチルの誘いにスターリンが乗っているように読めますし、そもそも打ち合わせ通りのキャッチボールであったのだろうとも思えて来ます。

そして、緊急オンラインセミナー『NATO再編の伏線』PHASE-3:NATO創設と再編後の近未来まで視聴になった方は、「歴史」に潜在する「国際的秘密」のなんたるかを知ることになります。

予告なく参加登録フォームを閉鎖する場合がございますので、ご参加を希望の方はお急ぎくださいませ。

緊急オンラインセミナーへの参加登録はこちら。

画像をクリックまたはタップしてください。

それでは、また。

戦略思想研究所 中森護

無料メールマガジン

落合莞爾氏の新コンテンツや講演会の予定に関する情報、
小山内洋子氏をはじめとした新講師陣の新コンテンツや講演会の予定に関する情報を、
いち早くメールでお知らせします。

>無料メルマガのご案内

無料メルマガのご案内

落合莞爾氏の新コンテンツや講演会の予定に関する情報、
小山内洋子氏をはじめとした新しい講師陣の新コンテンツや講演会の予定に関する情報を、
いち早くメールでお知らせします。