有史以来、未だ人類は平和を知らない

こんにちは。
戦略思想研究所 中森です。

緊急オンラインセミナー『NATO再編の伏線』は、PHASE-3:NATO創設と再編後の近未来まで配信中、申込が殺到しています。

・潜入者の「仕込み」が結実する2027アルバニアNATOサミット
・「死んだふり」をしている国家が新NATO体制を掌握
・ネタニヤフ首相の「強制退場」に絡む3人の亡命者
・伏線を回収する「新NATO体制」構築の原資
・世界が日本に期待する新しい世界文明の創造

PHASE-3では、本企画の伏線を回収するため、「通常とは異なる」情報を惜しみなく公開し、NATO再編後の近未来を提言しています。

反響のほどは個別メッセージで続々と頂いておりますが、その中で前回の記事中の私見にも高い関心を頂きました。もう少し深掘りして欲しいとのこと。

その私見とは「真の自立」に関する件です。

「真の自立」とは何かを表現するために、前回の記事とは異なるアプローチを試みたいと思います。

その切り口は『西郷南洲遺訓』。

人を相手にせず、天を相手にせよ。
天を相手にして、己を尽くし人を咎めず、我が誠の足らざるを尋ぬべし。

弊社の「行動基準その一」でもありますが、「一君万民」の日本における「万民の心の有り様」であると認識しています。

「人を相手にせず」とは、あくまで行き過ぎた民主主義、自由主義における民の心の有り様を戒めるものであり、「我以外はみな師」であるという謙虚さを否定するものではないと解釈しています。

「天を相手にせよ」とは、自身の職責を全うすることであると認識しています。吉田松陰の教えである「立志尚特異 俗流典議難」とは、人を相手にすることで志即ち職責を見失う恐れがあるとの警鐘であると解釈しています。

したがって、「真の自立」とは「人を相手にせず、職責を全うすること」であると表現できます。

問題は「人を相手にせず、職責を全うすること」が極めて困難な現行社会の仕組みにあります。

その現行社会の仕組みとは「政・官・業・言」が「見せる世界」であると言い換えることもできます。

目下、研究中の仲小路彰の著作は、”彼らが「見せる世界」は幻影である”と看破しています。

以下、地球文化研究所著『原子力時代』より引用します。

■現代における人間の自由

人間とは自らの良心によって自由な選択を行う可能性と意志とをもつ存在であり、彼はそれによってつねに未来を選択することが許されている。
現実の激動的な一瞬一瞬において、つねに未来は人間の選択のうちにある。
すでに原子力を解放しえた人間の知力は、かつてあまりにも微弱であった生産建設力のゆえに、単なる観念的願望としてしかありえなかったユートピア、人類の見果てぬ夢であり願望の世界をも地上に創造・構築しうるとともに、最も怖るべき人類最後の日を、それはダンテの”地獄篇”あるいは仏教の云う”地獄”とも、およそ比較を絶した凄惨な光景を、即時、現出することも可能である。
しかし現代人は、この自ら獲得した自由、天国を見、地獄を見、遠く大宇宙の彼方にまで思いを馳せるかと思えば、物質の極微の空間の中に、さらに宇宙の真理を発見する自由な創造と選択の自由を自ら制約し、一つの幻影の中に自己を強制している。
全世界的な非常時体制への方向に見る戦争なる悪夢的幻影はすべての人間の心を支配し、この悪夢にとらえられた人間がさらに他の人間の心にこれを強制すべく一切の文明機関をこれに動員する。
ラジオ、テレヴィ、新聞、雑誌等、あらゆるマス・コミュニケーションの方法は、戦争夢をかき立て、そこにのみ現実があり、それ以外はことごとこく非現実的であるという一つの狂熱的雰囲気をつくり上げる。
ひとたびその中におかれた人間は、この自らの創造、選択の自由に対する制約と強制に順応し、それはやがて習性にまで至る。
習性化された戦争夢の幻影は、その悪夢を白昼夢とし、全意識を支配して、すべてを戦争へ、戦争へと駆り立てるのである。

地球文化研究所著『原子力時代』(昭和30年10月1日発行)

戦争は幻影ではなく現実であることは連日の報道のとおりであり、引用部分だけでは著者の真意を理解することはできませんが、私の理解の範疇で端的にお伝えしますと、私たちは「戦争が現実である」と思わされているのです。

もっと言えば、外国と物理的な戦闘状態に入っていない状態を「平和」とする認識も幻影であり、「戦争が現実である」と思わされているうちは、人類社会に決して「平和」など存在しえず、あるのは「休戦」のみです。

国家は外交力や軍事力による抑止によって平和を維持しているのではなく、休戦を維持しているのです。

なんとなれば、現行社会を生きる人類はすべて「平和を知らない」のです。その現実は、有史以来続いているといっても過言ではないでしょう。

したがって、「平和を知らない」ことが人間社会の現実であり、「戦争が現実である」とされる人間社会は「政・官・業・言」が「見せる」幻影なのです。

あたかも、鏡に映った自分の姿を「左右逆転していると錯覚」するように、、、

それでは「平和とは何か」という問いが生まれますが、問いへの回答は別の機会に譲るとして、ここでは、幻影の社会の上に「自ら立つ」ことは極めて困難であるということをお伝えしたいのです。

引き続き、同著より引用します。

■人間における根源的生命感の喪失

いまや人間が、人間の真の存在を喪失したことに、現実の最大の危機の真因を見出すことができる。
文明と人間の乖離は、人間をして文明のさ中に原始的本性に立ちかえらせ、動物的本能に生きることによって、わずかに自己の存在感を保たれようとしたり、あるいは末梢的感覚の異常な発達によってその感覚的断片となることを文明的人間の唯一の特権と考えたり、あやまれる先入見に支配され、すべてを懐疑と逆説によって眺めることをもって、文明人的思考の特性と信ずる自己喪失へとみちびく。
人間は自らの根源的存在を見失い、意志の自由も選択の自由をも自ら放棄し、しかもそれが最初から存在しなかったかのような顔をしている。
この人間の根源的生命慾の喪失は、人間をしてたえがたい不安と絶望に陥入れる。人間は、この自らの不安にたえかねて、その忘却を集団という一つの良心的行動に自己を依託することによって図ろうとする。
個人の場合、ほとんどその大多数が平和を愛し、自由と繁栄をよろこぶ人間が、ひとたび集団化されるや、他集団に対する激烈な敵対意識をもち、権謀術策によって他を否定しようとする衝動にかられることは、集団化という一つの価値顛倒の方向を示すものである。
国家において集団悪は戦争悪にまで進み、そこでは良心なきことが勝利への捷径とされ、すべての価値は相対化されてしまう。

地球文化研究所著『原子力時代』(昭和30年10月1日発行)

ここまで引用すれば、もはや私の解説は不要。

『西郷南洲遺訓』

人を相手にせず、天を相手にせよ。
天を相手にして、己を尽くし人を咎めず、我が誠の足らざるを尋ぬべし。

が深く腹に落ちると思います。

「真の自立」とは「人を相手にせず、職責を全うすること」であると自負し、我が誠の足らざるを尋ねる日々を精進しているところですが、幻影を看破しなければ、我が誠も幻影に覆われてしまいます。

緊急オンラインセミナー『NATO再編の伏線』は、修験子の洞察と見解を惜しみなく公開しつつ、『NATO再編の伏線』を回収し、「NATO再編後の近未来」を提言することで、人間としての本来の洞察力と判断力、そして、「見えない世界」を「見透かす力」を養うことを目的としています。

それは、仲小路彰が警鐘を鳴らす「現実の最大の危機の真因」を克服することでもあり、「平和を創造」する第一歩であると確信しています。「平和を創造」するためには、私たちの「真の自立」が必要は不可欠。

ぜひ、ともに「平和を創造」する一歩を踏み出しましょう。

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それでは、また。

戦略思想研究所 中森護

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