戦略思想研究所 中森です。
謹んで新年のお慶びを申し上げます。
旧年中は格別にご厚情賜り、
誠にありがとうございました。
本年も変わらぬご愛顧のほど、
何卒、よろしくお願い申し上げます。
今後の予定に関わる重大なご案内を含むため、
元日、お忙しい中のご挨拶となりますことを
お許しくださいませ。
早速、重大なご案内です。
令和8年1月1日をもって、
風猷縄学の事業はすべて中断することにしました。
弊社理念に基づき旗揚げした風猷縄学ではありますが、
稽古仲間の皆様のご意見を伺う限り、総じて、
弊社には風猷縄学を運営する必然性がないということを
痛感することになりました。
厳密には、
風猷縄学は弊社理念をはるか超えるところにあり、
事業として運営するには弊社は力及ばずであった
ことが分かったのです。
弊社が立ち上げた事業であるのに、
おかしな説明をしているとお思いでしょうが、
実際そうなのです。
私には事業を継続する絵を描くことができませんでした。
理念と事業のあり方を繋げることができなかったのです。
弊社の理念は、
「人間中心主義を乗り越え、すべての人間に本来の生き方を」
〜天に開かれた空間の情報を組み立て、意を発する生き方に目覚める〜
「天に開かれた空間の情報」とは『古事記』を指します。
『古事記』にこそ「公」があると信じ、理念を立てました。
『古事記』に接合できない風猷縄学は、
私にとって、もはや別物。
それは、譲れぬ信念であり、
弊社の限界でもあるのです。
弊社の理念から切り離して事業を継続するには、
私の経営者としての資質が不足しています。
事業に責任を持つことができません。
風猷縄学は弊社そのものであると心から思っていたので、
我が子を手放すような激しい喪失感を覚えます。
まさに無念の極み。
しかしながら、
私の信念が、弊社の理念が、
風猷縄学に必要とされていない事実を
謙虚に受け入れるしかありません。
今後の展開を楽しみにしていた皆様には、
私の実力不足を深くお詫び申し上げます。
ならびに、
弊社のために大変貴重なお時間とご意見を頂戴し、
何かできないかと試行錯誤してくださった皆様には、
心より感謝申し上げますとともに、
事業として継続できなくなってしまいましたことを、
深くお詫び申し上げます。
事業中断の判断が時期尚早とのご意見もあるかと思いますが、
これ以上、ご迷惑をおかけすることもできません。
お詫びのしるしとして、
・修験子栗原茂シリーズ
・文明地政學叢書第一輯『歴史の闇を禊祓う』
・文明地政學叢書第二輯『超克の型示し』
・文明地政學叢書第三輯『真贋大江山系霊媒衆』
につきましては、
風猷縄学 稽古編【第四期】参加者の皆様に、
メンバーサイトからお読み頂けるよう手配します。
移行作業が完了しましたら、
別途、お知らせいたします。
一方、
私の個人的な風猷縄学は修験子との対話を通して磨き、
引き続きコツコツと【ツラン論考】として記事にする
予定ですが、
これを機に、
【ツラン論考】を【風猷縄学】に置き換えることで、
名前だけでも残していきたいと思います。
そもそも、
令和4年1月より始まった修験子との対話を通じ、
私の中で必然的に風猷縄学の構想が生まれました。
対話を重ねる度に深化する洞察、新鮮な気づき。
「これが風猷縄学だよね」という感動と面白さ。
弊社のお客様にも共有し、
ともに成長したいと願ったその原点で修養し、
数十年後、数百年後の「時と場」にふさわしい、
ワンワールド史の「編集」を目指す所存です。
その文才では何の成果も得られないという指摘や、
無駄なことはやめるべきとのお叱りはごもっとも。
自衛官を辞する時も同じ指摘やお叱りを受けました。
されど、
「立志尚特異 俗流典議難」
歴史事象を「渦」に沿って「織り縄せば」こそ、
後葉の史観養成の一助たらんと信ずるものです。
ただし、
弊社の人的リソースは限られているため、
週に1回更新できるかどうか、、、
それでも、
楽しみにしている方のためにも続けていきます。
私ひとりだけでも風猷縄学を唱え続けていれば、
いつか事業として再開できるかもしれません。
数年後、数十年後かはわかりませんが、
それまでの間、無念を晴らすが如く、
他の事業の成功に全力を注ぐ所存です。
他の事業とは、
昨年末のご挨拶でご案内したとおり、
■仲小路彰関連事業
■象遊社
弊社の命運を握る事業。
まさに離合集散の時期。
これから2、3ヶ月にわたり、
本腰を入れて準備を進めます。
随時、進捗をご案内いたしますので、
楽しみにお待ちくださいませ。
それでは、また。
戦略思想研究所 中森護